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異端の白球使い  作者: R.D
準決勝への準備

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害意の片鱗

 私の「静寂な世界」に投げ込まれた、新たな「ノイズ」


 それは、まだ形を成さない、しかし確実に存在する悪意の気配を、私に強く意識させるものだった。


 県大会準決勝までの一週間は、幽基未来選手対策と並行して、この目に見えない「悪意」との静かな戦いの始まりでもあった。


 それは、まず、あかねさんのノートの一件として、より具体的な形で私たちの前に現れた。


 その日、部活が終わった後、あかねさんが血相を変えて私の元へ駆け寄ってきた。


「しおりちゃん、どうしよう…!私のノートが、ないの!」


 そのノートは、彼女が熱心に記録してきた、私の試合データや戦術分析、そして対戦相手の情報が詰まった、私たちにとって貴重な情報源だった。


「…落ち着いてください、あかねさん。最後に見たのはいつですか?どこで失くした可能性が高いか、詳細な状況を教えてください。」


 私は、内心の微かな動揺を押し隠し、冷静に問いかける。


 あかねさんは、半泣きになりながら、その日の行動を必死に思い出そうとしていた。


 結局、その日はノートは見つからず、彼女はひどく落ち込んでいた。


「私のせいで、しおりちゃんの大事なデータが…」


 と何度も謝る彼女に対し、私は「…問題ありません。重要な情報は、全て私の頭脳に記録されていますから」とだけ答えた。


 しかし、私の分析では、この紛失は単なる偶然ではない可能性が高いと判断していた。


 そして、翌朝。


 私が教室で自分の席に着くと、クラスの中心的な存在である、あの女子生徒――派手なグループのリーダー格で、私に対して時折、値踏みするような、あるいは冷たい視線を向けてくる彼女――が、私の元へ近づいてきた。


 その手には、見覚えのあるノートが握られていた。あかねさんのノートだ。


「静寂さん、これ、あなたの友達のじゃない?昨日、あまり人が通らない体育館裏の通路の隅に落ちてたんだけど」


 彼女は、計算されたかのような、しかしどこか見透かすような笑顔で、そう言ってノートを私に差し出した。


「…ありがとうございます。助かります」


 私は、表情を変えずにノートを受け取る。


「ううん、どういたしまして。大切なものみたいだったから、見つかって良かったね」


 彼女はそう言うと、すぐに踵を返し、自分のグループの元へと戻っていった。その背中からは、何の感情も読み取れない。


 私は、手元のノートを見つめた。


 中身は、一見すると特に荒らされた様子はない。しかし、私の脳は、この状況に対する複数の矛盾点と違和感を強く感知していた。


(…体育館裏の通路の隅?あかねさんが昨日、その場所に立ち寄っていた?そして、なぜ彼女が、私に直接これを?彼女は、私とあかねさんが親しいことを知っている。なぜ、あかねさん本人に直接返さなかったのか…?ノートの内容を、確認した可能性は…)


 これは、巧妙に仕組まれた、情報収集と、そして私への無言のプレッシャー。


 私の「静寂な世界」に対する、見えざる侵食。


 その「侵食」は、別の形でも現れ始めていた。


 県大会で私が勝ち進むにつれて、校内や、他校の選手たちの間で、私に関する「悪評」が目立つように囁かれるようになったのだ。


「第五中の静寂って一年、なんか気味悪いよな」

「勝つためなら何でもするって感じ。見てて不快になる」

「性格絶対悪いって。全然笑わないし」


 そういった言葉は、私の耳にも直接的、間接的に入ってきた。


 しかし、私にとって、そのような評価は、もはや「慣れっこ」だった。


 あの日以来、私は常に周囲からの「異質なもの」を見るような視線に晒されてきた。


 それは、私の分析モデルにおいては、予測可能な範囲のノイズであり、私の卓球や勝利への意志を揺るがすものではない。


 しかしその「悪評」は、私以外の人間には、異なる影響を与えていた。


「またかよ…!どこのどいつだ、しおりの悪口言ってんのは!」


 部長は、そういった噂を耳にするたびに、顔を真っ赤にして怒りを露わにした。


 その姿は、かつて風花さんが誹謗中傷で苦しんだ時のトラウマを刺激されているかのように、痛々しいほどだった。


 彼は、私に直接何かを言ってくるわけではないが、その「鬱陶しそう」な、そして何かを守ろうと必死になっているような姿は、私の分析データに新たな複雑な変数を加える。


「しおりちゃん…大丈夫?あんなこと言う人たちもいるけど、気にしちゃダメだよ…!」


 あかねさんは、純粋に私のことを心配し、私のそばで必死に私を庇おうとしてくれる。


 その優しさは、私の心の壁を少しずつ溶かしていく一方で、彼女をこのような状況に巻き込んでいることへの、説明のつかない感情も私の中に芽生えさせていた。


(…悪評。それは、私にとっては対処済みの変数。しかし、部長やあかねさんにとっては、新たな精神的負荷となっている。そして、この悪評の拡散と、あかねさんのノートの一件…背後に、同じ意図を持った存在がいる可能性は…)


 私の「静寂な世界」は、今や、卓球台の上だけでなく、この日常においても、見えない悪意と、そして仲間たちの温かい感情との間で、複雑に揺れ動いていた。


 準決勝までの残り数日、私は、これらの新たな「データ」を冷静に分析し、そして、来るべき戦いに備えなければならない。

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