異端者 (8)
最初の試合に勝利した後は、順調に勝ち進んでいった。
対戦相手は皆、これまでの練習試合や部内の打ち合いで経験したことのない、私の異質なスタイルに戸惑い、苦戦した。
裏ソフトとスーパーアンチの予測不能な球質の変化、どこから来るか分からない持ち替え、そして冷静沈着な試合運びは、彼らのリズムを完全に狂わせた。
一試合、また一試合と勝ち進むにつれて、私の台の周りには、試合を見るために集まる選手や関係者が増えていった。
「あの一年生の子、すごいぞ!」
「見たことないスタイルだ…」
「本当に中学一年生なのか?」
といったざわめきが、私の試合中も聞こえてくるようになった。私の存在は、市町村大会という舞台で、確実に注目を集め始めていた。
部員たちも、私の勝ち上がりぶりに興奮しているようだった。試合の合間には、私に話しかけてきたり、プレイについて質問してきたりする部員もいた。
顧問の先生も、私の試合を真剣に見つめ、時折頷いたり、難しい顔をしたりしていた。私の異質なスタイルに対する顧問の興味は、深まっているようだった。
勝ち進んでいく中で、私の体躯の劣りを突こうと、台の奥深くや、左右いっぱいにボールを散らしてくる相手選手もいたが、私は素早いフットワークと予測不能な変化球で切り抜けていった。
体躯の不利を、知性と技術、そして不屈の意志で凌駕する。
(…8cmの身長の差は、埋めなければいけない壁じゃない、乗り越えるための踏み台なんだ)
それは、私が卓球という世界で生き抜くための、唯一の方法だった。
準々決勝に駒を進めた。対戦相手は、この大会のシード選手の一人だった。彼女もまた、これまでの試合を危なげなく勝ち上がってきた実力者だ。
試合前、彼女は私を見て、かすかに緊張した表情を見せた。私の異質なスタイルについて、ある程度情報を得ているのだろう。
準々決勝の試合は、これまでの試合よりも緊迫感があった。相手選手は、私のスーパーアンチの変化に対し、慎重に対応してきた。
しかし、私の予測不能な持ち替えからの攻撃は、彼女の守りを少しずつ崩していく。
激しいラリーが続いた。体躯の不利から、相手の強い打球に追いつくのが難しい場面もあったが、私は冷静に状況を分析し、最適な返球を選択した。
試合終盤、相手選手の隙を見逃さず、裏ソフトでの連続攻撃でポイントを連取し、準々決勝を突破した。
そして、準決勝。相手は、私のブロックとは対照的に、力強いドライブを武器とする攻撃型の選手だった。準決勝の舞台は、観客もさらに増え、熱気が高まっている。
試合開始。
相手選手の、威力のあるドライブに対し、私はスーパーアンチで粘り強くブロックし続けた。
鈍い打球音。しかし、返されるボールは回転が消えたり、不規則な変化をしたりする。相手選手は、私の変化に戸惑いながらも、必死に強打を続けてくる。
体躯の不利から、相手の強打を完全にブロックしきれない場面もあった。しかし、私は持ち替えからの裏ソフトで、相手のドライブの回転を利用したカウンターや、意表を突くコースへの打球を織り交ぜ、相手を揺さぶった。
試合は、一進一退の攻防となった。お互いの得意なプレイがぶつかり合う。
私の異質なスタイルが、相手の攻撃を巧みにいなし、チャンスを作り出す。相手選手の力強いドライブが、私の築いた静寂の壁をこじ開けようと牙を剥く。
しかし、試合が進むにつれて、相手選手のドライブに僅かな乱れが見え始めた。
私の予測不能な変化球と、粘り強いブロックが、彼女の体力を削り、精神的な焦りを生み出しているのだ。私は、その隙を見逃さなかった。
勝負どころと判断した終盤、私は持ち替えからの裏ソフトで、これまで以上に回転量の多いドライブを放った。相手選手の体勢が崩れる。
そして、決定的な一球を、相手のコートのサイドラインぎりぎりに打ち込んだ。
試合終了。市町村大会、準決勝勝利。
私は、感情を表に出さずに、相手選手に礼をした。「…ありがとうございました」。相手選手は、全力を出し切った様子で、悔しさと、私の卓球に対する驚きが混じった表情をしていた。
準決勝に勝利し、私は顧問や部員たちの元へ戻った。彼らの顔には、喜びと、そして私の実力に対する、揺るぎない確信が浮かんでいた。顧問は、私の肩を叩き、「静寂! よくやった! いよいよ決勝だ!」と声をかけてくれた。
心臓の鼓動が、僅かに速くなるのを感じる。それは、緊張ではなく、卓球という世界への集中、そして勝利への静かな渇望だ。
体躯の不利も、過去の影も、このコートの上では関係ない。あるのは、私と、白球、そして目の前の相手だけだ。
決勝戦が始まる。私の「異端」の卓球が、この市町村大会の頂点で、どのような戦いを繰り広げるのか。