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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 三回戦

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泥舟の成功体験

 セットカウント 静寂 2 - 0 高坂


 静寂 4 - 1 高坂。


 …予測はしていた。


 しかし、それを完璧に処理できるだけの身体反応と、この土壇場での相手の気迫を読み切る精度が、現時点での私には不足していた。


 高坂選手の、あの集中力と、チキータの質の高さ。それが、私の分析と予測を、僅かに、しかし確実に上回った結果だ。


 高坂選手は、ポイントを取った後、力強く拳を握りしめ、小さく、しかし鋭く「よし!」と叫んだ。


 その瞳には、確かな手応えと、反撃の狼煙を上げたという強い意志の光が宿っている。


 私の「異端」に対し、「正統派」の強者が、その意地とプライドを懸けて、そしてコーチからのアドバイスという新たな武器を手に、再び牙を剥いてきたのだ。


 しかし、私の思考は、既に次の戦術へと移行していた。


 …高坂選手のチキータ。


 回転量、スピード、コース、そして何よりも、あの場面でそれ選択してきた精神状態。


 全てのデータは、今、更新された。


 そして、彼女は、あの一打で「流れを変えた」あるいは「私のサーブの弱点を突いた」と認識し、同じ状況になれば、再び同じ選択をする確率が極めて高い。


 ならば、その思考の「固定化」こそが、私の最大の好機。


 私のサーブ。


 スコアは4-1、私がリードしているが、流れは相手に傾きかけている。


 私は、深く息を吸い込み、そして、あえて、先ほど高坂選手にチキータで狙われたのと、ほぼ同じ回転、同じコースの、あのナックル性のショートサーブを、再び彼女のフォアミドルへと送り込んだ。


 一見、無謀とも思える選択。同じサーブを、しかも効果的に打たれた直後に再び出すなど、セオリーからは完全に逸脱している。


 体育館の一角が、息をのむような静けさに包まれた。


 控え場所の部長も、その選択に眉をひそめ、あかねさんは両手を胸の前で固く握りしめているのが見えた。


 高坂選手の瞳が、一瞬、鋭く光った。そして、次の瞬間には、その表情に「やはり来たか」という確信にも似た色が浮かんだ。


 …やはり、乗ってきた。彼女の思考は、先ほどの成功体験に強く固定されている。


「また同じサーブ。また同じようにチキータで叩けばいい」と。


 私の予測通り、高坂選手は、自信に満ちた表情で、先ほどと全く同じように体を鋭く沈み込ませ、コンパクトながらも強烈な回転をかけたバックハンドチキータを、再び私のバックサイド深くに、低い弾道で突き刺すように放ってきた!


 そのボールの軌道、回転量、スピード。


 そして、そこに込められた高坂選手の「これで再びポイントを取り、流れを完全に引き寄せる」という強い意志。


 全てが、私の分析モデルの予測範囲内に、寸分違わず収束していく。


 私は、その強烈なチキータがネットを越え、自陣コートにバウンドする、まさにその瞬間を、冷静に、そして冷徹に待っていた。


 そして――ボールが頂点に達する寸前。


 私は、ラケットをスーパーアンチの面ではなく、瞬時に裏ソフトの面に持ち替え、体を素早く、そして深くねじ込む。


 そして、コンパクトながらも全身のバネを使った、強烈なバックハンドドライブのカウンターを、高坂選手のフォアサイド、がら空きになったオープンスペースへと、稲妻のような速さで叩き込んだ!


 それは、彼女が最も警戒していなかったであろう返球。


 チキータに対するチキータ、あるいはアンチでの変化ブロックを予測していたであろう彼女の思考の、完全に裏をかく一打。


 私の「異端」は、時に、相手の予測を逆手に取り、最も「王道」に近い技術で、相手の心臓を、最も残酷な形で貫く。


 体育館の空気を切り裂くような、鋭い打球音。


 ボールは、高坂選手の反応も虚しく、コートの隅に深々と突き刺さった。


 彼女は、その場から一歩も動けなかった。


 静寂 5 - 1 高坂


 高坂選手は、その場に立ち尽くし、信じられないといった表情で、ボールが突き刺さった場所と、私のラケットを交互に見ている。


 彼女の脳裏には、おそらく「なぜ、あの場面で、あの体勢から、バックドライブのカウンターが?」という疑問と、そして、自分の思考が完全に読まれ、利用されたことへの戦慄が渦巻いているだろう。


 彼女の瞳が、まるで強風に吹き消される寸前の炎のように、一瞬にしてその勢いを失い、再び困惑と動揺の深い色へと沈んでいった。


 …成功。相手の成功体験を利用した、二重、三重の心理的トラップ。私の「異端」は、相手の思考そのものを、戦場とする。


 私は、表情を変えることなく、次のポイントの準備に入る。この一打が、高坂選手の反撃の意志を、そして彼女の「正統派」の卓球の拠り所を、再び、そして今度こそ決定的に、挫くことになるだろう。

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