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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 三回戦

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希望のタイムアウト

「タイムアウトお願いします!」


 その時、相手ベンチから、高坂選手のコーチらしき人物の声が、やや焦ったような、しかし必死さを滲ませた声でタイムアウトを要求した。


 私は、表情を変えることなく、自分のベンチへと戻る。タオルで僅かな汗を拭い、ドリンクを一口だけ含んで喉を潤す。


 私の思考は、相手ベンチの動向へと集中していた。高坂選手がコーチの隣に座り、俯きながら何かを聞いている。


 コーチは、身振り手振りを交え、必死に何かを指示しているようだ。


 …タイムアウト。


 相手コーチの目的は、第一に高坂選手の精神的立て直し。


 そして第二に、私の予測不能な戦術への具体的な対応策の提示。


 現状のスコアと、これまでの試合展開から推測するに、指示される内容は、おそらく…


 私の脳裏に、相手コーチが発するであろう言葉を、まるで直接聞こえてくるかのように、クリアに想像する。


「高坂、落ち着け!相手の奇策に惑わされるな!お前の卓球はもっと安定しているはずだ!」


「いいか、奴のサーブはモーションと球種が一致しないことが多い。回転を決め打ちせず、まず確実に返すことだけを考えろ!」


「ラリーになったら、無理に変化に付き合うな。お前の得意な深いドライブで、左右に揺さぶり、相手の体勢を崩すことに集中しろ。アンチラバーのボールは、回転がない分、強く叩けば棒球になる。そこを狙え!」


「そして何より、気持ちで負けるな!お前はチャレンジャーだ!失うものは何もない!最後まで食らいついていけ!」


 …精神論と、いくつかの具体的な戦術修正指示。


 特に、私のアンチラバーのナックルボールに対する攻撃意識の徹底と、ラリーでの粘り強さの再確認。


 そして、サーブレシーブにおけるリスク管理。合理的だが、私の予測範囲内。


 私は、いまの状況から出すであろう指示を想像し、分析しながら、それに対するカウンタープランを瞬時に構築する。


「しおりちゃん、大丈夫?相手、何か作戦変えてくるかな…?」


 あかねさんが、心配そうに私の顔を覗き込む。


「…はい、あかねさん。高坂選手は、おそらく次のポイントから、より慎重に、そして粘り強くラリーを繋ぎ、私のミスを誘う戦術に切り替えてくるでしょう。あるいは、私のアンチラバーからの返球に対し、より積極的に攻撃を仕掛けてくる可能性もあります」


 私は、自分の予測を、まるで相手コーチの言葉を反芻するかのように、淡々と告げる。


「なっ…!しおり、なんで相手の考えてることが分かるんだよ!?」


 部長が、驚愕の表情で私を見る。


「…これまでのデータと、状況から導き出される、最も確率の高い推論です」


「部長だって、いまの状況ならそうアドバイスするでしょう?」


 私は、表情を変えずに答える。


 タイムアウト終了のブザーが鳴る。


 私は、静かに立ち上がり、コートへと戻る。


 高坂選手もまた、コーチからの指示を受け、先ほどよりは少しだけ表情に力が戻ったように見える。


 その瞳には、まだ諦めないという意志と、そしてコーチから与えられたであろう新たな戦術への、わずかな希望の色が浮かんでいた。


 しかし、その戦術すらも、既に私の分析と思考の網にかかっていることを、彼女はまだ知らない。


 私の「異端の白球」は、相手の思考すらも読み解き、その上で、さらにそれを打ち砕くための、冷徹な準備を整えていた。


 高坂選手側のタイムアウトが終わり、両者が再びコートにつく。


 高坂選手の表情には、先ほどまでの絶望の色は薄れ、コーチからの指示によってか、あるいは彼女自身の強靭な精神力によるものか、一点の曇りもない、研ぎ澄まされた集中力が戻っていた。


 その瞳は、私の一挙手一投足を見逃すまいと、鋭い光を放ち、再び力強く燃え盛ろうとしていた。


 私の脳は、相手の変化を冷静に分析し、次の展開をシミュレートする。


 サーブ権は私。この流れを、決して相手に渡してはならない。


 私は、ボールをトスし、そして、選択したのは――。


 これまでの試合で、高坂選手が最も嫌がっていたであろう、私の得意とする、回転の判別が難しいナックル性のショートサーブ。


 コースは、彼女のフォアミドルへ。ネットすれすれを狙った、質の高い一球。


 高坂選手は、そのサーブに対し、以前よりも明らかに素早く、そして迷いのない動きで踏み込んできた!


 その瞳は、私のラケットから放たれるボールの、僅かな回転、軌道、そして私の打球の瞬間の微細な表情すらも見逃すまいとするかのように、鋭く光っている。


 そして、彼女が選択したのは、まさに私の予測通り、バックハンドでのチキータだった!


 低い打点から、ボールの側面を鋭く捉え、強烈な横上回転をかけて、私のバックサイド深くに、まるで稲妻のように突き刺さる一撃!


 …来た!予測通りのチキータ。コースも、回転も、ほぼシミュレーション通り。ならば、対応は――!


 私は、その強烈なチキータの軌道を完璧に読み切り、ラケットをスーパーアンチの面に瞬時に持ち替え、ブロックの体勢に入る。


 ボールがラケットに当たる、その瞬間の衝撃、回転、全てを計算し、最適な角度で面を合わせる…はずだった。


 しかし――。


 …速い!そして、回転が…重い!これは…予測値を、超えている…!


 高坂選手の放ったチキータは、私の分析データにあった、彼女の通常のチキータの回転量とスピードを、明らかに上回っていた。


 それは、タイムアウトで精神をリセットし、そして、この一点に全てを懸けるという、彼女の並々ならぬ気迫が乗った、渾身の一打だったのだ。


 私のラケットがボールに触れた瞬間、予想以上の衝撃と、アンチラバーが処理しきれないほどの強烈な回転が、私の手首を通して腕に伝わる。


 スーパーアンチの面が、ボールのエネルギーを完全に殺しきれず、そして回転を制御しきれない。


 返球は、無情にも、大きく弧を描き、卓球台のサイドラインを僅かに割って、コートの外へと弾かれていった。


 静寂 4 - 1 高坂


 …予測は、していた。しかし、それを完璧に処理できるだけの身体反応と、この土壇場での相手の気迫を読み切る精度が、現時点での私には不足していた。


 高坂選手の、あの集中力と、チキータの質の高さ。それが、私の分析と予測を、僅かに、しかし確実に上回った結果だ。


 高坂選手は、ポイントを取った後、力強く拳を握りしめ、小さく、しかし鋭く「よし!」と叫んだ。


 その瞳には、確かな手応えと、反撃の狼煙を上げたという強い意志の光が宿っている。彼女の纏う赤い靄が、その勢いをさらに増した。


 私の「異端」に対し、「正統派」の強者が、その意地とプライドを懸けて、そしてコーチからのアドバイスという新たな武器を手に、再び牙を剥いてきたのだ。


 この第三ゲーム、一筋縄ではいかない。


 私の思考は、再び高速で回転を始め、目の前の、息を吹き返した強敵に対する新たな戦術を、そして彼女のあの「予測を超えた一打」のデータを、冷静に、しかし迅速に、再構築し始めていた。


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