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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 三回戦

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作戦を上回る作戦

 セットカウント 静寂 2 - 0 高坂


 この試合、まだ終わってはいない。


 インターバル、私は控え場所へと戻る。


 タオルで額の汗を拭う。第二ゲーム終盤の、あの極限のラリーの応酬は、確実に私の体力を削っていた。呼吸が、第一ゲーム終了時よりも明らかに速く、そして深い。


 心臓の鼓動も、まだ激しく脈打っている。


 …第二ゲーム、デュースからの連続ポイント取得により奪取。


 しかし、高坂選手の精神的回復力、及び土壇場での攻撃力は予測以上。


 特に、私の粘りに対する彼女の対応は、驚異的な集中力を示していた。


 このペースでのラリーの継続は、私の身体的限界値を考慮すると、得策ではない。


 私の脳は、勝利の余韻に浸る間もなく、冷静に自己のパフォーマンスと相手の戦力値を再分析する。


 小柄で、元々持久力に優れたタイプではない私にとって、このような消耗戦は最も避けたい展開の一つだ。


 この身体の奥底にある「脆さ」は、常に私の戦術選択に影響を与えている。


「しおりちゃん!やったじゃない!本当に、本当にすごいよ!あの粘り!高坂さんもすごく強かったけど、最後はしおりちゃんの気迫が勝ったんだね!」


 あかねさんが、目を潤ませながら駆け寄ってくる。


 その声には、心からの興奮と、私の勝利への純粋な喜びが溢れていた。彼女の纏う靄は、鮮やかな祝福の金色に輝いている。


「…ありがとうございます、あかねさん」


 私は、息を整えながら答える。その声は自分でも気づくほどに、少しだけ掠れていた。


「ですが、次の第三ゲームが、この試合の最大の分岐点となるでしょう」


 そこへ腕を組み、厳しい表情で試合を見つめていた部長が、重々しく口を開いた。


「しおり、お前の言う通りだ。高坂の奴、あの第二ゲームの終わり方で、完全に火がついたかもしれねえ。諦めるどころか、むしろここからが本番だ、みてえな顔してたぜ。」


 彼の言葉は私の分析と一致していた。高坂選手の瞳の奥の光は、まだ失われていない。


「インターバルでコーチと話し込んでいるが、おそらく次のゲーム、あいつはさらに徹底したラリー戦、それこそ泥仕合も辞さないような、お前の体力を削り取る消耗戦を仕掛けてくるはずだ」


 部長は、真剣な眼差しで私を見据える。


「お前のその変幻自在の卓球も、足が止まり、集中力が切れちまえば意味がねえ。フルセットに持ち込まれれば、正直分が悪くなるぞ」


 部長の指摘は、私が先ほど内心で分析していた懸念そのものだった。彼の経験に裏打ちされた試合を読む目は、やはり確かだ。


 …部長の予測、私の分析と一致。


 高坂選手の次善策は、私の体力と集中力の限界点を狙った長期戦。


 私の「異端」な技術は、その特性上、高い精神的・身体的リソースを要求する。このままでは…。


「どうする、しおり?」


 部長が、私の次の手を問うように、静かに、しかし強い視線で私を見つめる。


「相手の土俵に乗って、消耗戦で根負けするのを待つか?それとも…」


 彼の言葉の続きは、言わずとも分かっていた。


「それとも、お前の『異端』で、相手が消耗戦に持ち込む前に、勝負を決めるか」ということだ。


 私は、ゆっくりと息を吐き出し、そして、部長とあかねさんの顔を交互に見た。


 二人の瞳には、私への信頼と、そしてほんの少しの心配の色が浮かんでいる。


 この仲間たちの存在が、今の私に、新たな「力」を与えてくれているのかもしれない。


「…部長。あかねさん」


 私は、静かに、しかし確かな決意を込めて口を開いた。


「第三ゲーム、私は、私の最も『異端』で、そして最も『冒涜的』とも言える戦術で、この試合を終わらせます」


 私の声には、迷いはなかった。体力的な限界が見えている以上、選択すべき道は一つ。


 相手の思考の、さらにその先を行く、究極の心理戦。


 そして、それを実行できるだけの、冷徹な精神。


 部長は、私のその言葉に、一瞬目を見開いたが、やがてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「…はっ!そうこなくっちゃな、しおり!お前がそこまで言うなら俺は黙って見てるぜ。お前の『異端』の真骨頂、とくと見せてもらおうじゃねえか!」


 あかねさんもゴクリと息をのみ、しかしその瞳には、私への揺るぎない信頼の光が灯っていた。


「…うん!しおりちゃんなら、きっとできるよ!」


 インターバル終了を告げるブザーが、間もなく鳴り響く。


 私の「異端の白球」が、この試合の、そして高坂まどかという強敵の「正統」を、完全に打ち砕くための戦いが始まろうとしていた。

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