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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 三回戦

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王道の異端

 静寂 9 - 10 高坂


 流れは、再び、私の方へと引き寄せられようとしていた。


 しかし、高坂まどかという選手は、ここで崩れるほど脆くはなかった。


 彼女の纏う靄は、一瞬の動揺を見せたものの、すぐに強靭な精神力で再び収束し、その深い赤色の闘魂は少しも衰えていない。


 むしろ、私のこの理解不能な粘りに対し、「ならば、それを上回る力で叩き潰すまで」という、より純粋で、より危険な集中力を高めているように見えた。


 私のサーブ。スコアは9-10。


 体育館の喧騒が、まるで遠い世界の音のように感じられる。目の前の高坂選手と、卓球台、そして白いボールだけが、私の世界の全て。


 …この状況。相手の精神状態は、極度の集中と、私への警戒が入り混じった、最も危険な状態。通常の変化サーブは、読まれるリスクが高い。しかし、かといって、安全策に逃げるのは、私の「異端」が許さない。


 私は、ボールをトスし、そして、選択したのは――


 ただ、ひたすらに純粋な、強烈な下回転をかけたショートサーブ。


 しかし、その回転量は、これまでのどのサーブよりも深く、鋭く、そしてコースは、彼女が最も処理しにくいであろう、フォアミドルの、ネットすれすれの位置。


 私の、見失っていた「王道」の技術の欠片を集めた、極限まで研ぎ澄ませた一球。


 高坂選手は、そのサーブに対し、完璧な体勢で入ってきた。


 低い姿勢から、ボールの回転を正確に見極め、鋭いツッツキで私のバックサイド深くに返球してくる。その返球もまた、極めて質が高い。


 ここから、また息をのむようなラリーが始まった。


 私と高坂選手は、互いに一歩も譲らない。


 私がアンチラバーで変化をつければ、彼女は驚異的な集中力でそれに食らいつき、的確なドライブで繋いでくる。


 私が裏ソフトで強打を放てば、彼女はそれを鉄壁のブロックで跳ね返し、さらに厳しいコースへとカウンターを狙ってくる。


 ボールが、目にも留まらぬ速さでネットの上を往復する。


 シューズが床を擦る音、荒い息遣い、そして、時折漏れる、両者のうなり声にも似た気合い。


 それは、もはや「異端」とか「正統派」とかいう次元を超えた、純粋な技術と精神力のぶつかり合いだった。


 私の脳裏には、膨大な練習の記憶がフラッシュバックする。あの薄暗い部屋で、ただ黙々と、何万本、何十万本と打ち続けたボールの軌跡。


 そして、執念という諦めない心。それが、今の私の体を支えている。


 高坂選手のフォアハンドドライブが、私のフォアサイドを襲う。


 私は、床に倒れ込む寸前の体勢から、裏ソフトで、執念でそのボールを拾い上げた。ボールは高く、しかし回転量の多いループドライブとなって、相手コートの深い位置へと吸い込まれていく。


 高坂選手は、そのボールに対し、後退しながらも、さらに強力なドライブで叩き返してきた!


 その瞬間、私は、ほんの僅かな相手の体勢の崩れと、打球コースの偏りを見逃さなかった。


 …今だ!


 私は、その強打に対し、ラケットをスーパーアンチの面に瞬時に持ち替え、ボールの威力を殺しながらも、ほんのわずかにラケットの角度を変え、相手のフォア前、ネット際に、まるで羽が落ちるかのように、ふわりとした、しかしサイドラインぎりぎりを切る、絶妙なストップを送り込んだ!


 高坂選手の体が、大きく泳ぐ。懸命に手を伸ばすが、その指先は、虚しくボールの軌道を撫でるだけだった。


 静寂 10 - 10 高坂


 これでデュースだ!


 体育館が、割れんばかりの歓声に包まれる。しかし、私の耳には届いていない。


 ただ、目の前の相手と、あと二点、という事実だけが、私の意識を支配していた。


 高坂選手は、悔しそうに唇を噛み、しかし、その瞳の奥の闘志は消えていない。彼女もまた、この一点に全てを懸けてくるだろう。


 高坂選手のサーブ、下回転のロングサーブ、ドライブで打ち合いましょうという誘い、私の体力を搾り取るつもりだろう。


 …だが、お断りします。


 私は思いっきりチキータで二球目攻撃を放った、先ほどまでの粘りと売って変わった電光石火の一撃、反応むなしく、高坂選手のラケットは空を切る。


 静寂 11 -10 高坂


 後一点、そして私のサーブ、ここまできたら。


 ーーー勝つため。そして相手に応えるために。


 私は、強烈な下回転ショートサーブを送り込んだ!


 高坂選手は、今度はそれを警戒し、お返しとばかりに、より深く踏み込んで、チキータ気味に攻撃的なレシーブを試みてきた!


 鋭いボールが、私のバックサイドを襲う!


 私は、それを予測していた。負けず嫌いなあなたが、チキータのお返しをしないわけがない。


 私はラケットを持ち替えず、裏ソフトの面のまま、コンパクトなスイングで、そのチキータを、さらに鋭い角度でクロスにカウンターした!


 それは、私の持つ技術の中で、最も「王道」に近い、しかし最も精度の高い攻撃の一つ。


 ボールは、高坂選手のラケットの端をかすめ、サイドラインの外へと弾け飛んだ!


 静寂 12 - 10 高坂


 セットカウント 静寂 2 - 0 高坂


 第二ゲームも、私が取った。


 息詰まるような、紙一重の攻防。


 私の「異端」と、その奥底にある「王道」の粘りが、正統派の強者である高坂選手の気迫を、僅かに上回った瞬間だった。


 私は、肩で大きく息をしながら、高坂選手を見つめた。


 彼女の顔には、悔しさと、そして、何かを出し尽くしたかのような、不思議なほどの静けさが浮かんでいた。


 この試合、まだ終わってはいない。

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