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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 三回戦

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異端に眠る王道

 静寂 8 - 10 高坂

 ついに高坂のセットポイント。


 私のサーブ。


 彼女の瞳は、勝利への確信と、今の私に対する絶対的な優位性を物語るように、強い光を放っている。


 …どう対処するか。


 私が放ったサーブは、ネット際に短く、回転量の多い下回転サーブ。


 高坂選手のレシーブは、つっつきだった。


 台上での捌きあいで雌雄を決しようという意志が感じる。


 …まずい。完全に盤面を支配されている。


 私の変化も、奇策も、今の彼女の気迫の前では効果が薄い。どうする…?このままでは…。  …負けてしまう



 私の脳は、最適解を模索する。しかし、どの戦術シミュレーションも、今の高坂選手の勢いを止めるには確率が低いと弾き出す。


 その時だった。


 追い詰められた私の内側で、何かが、ほんのわずかに、しかし確かに変化した。


 それは、論理的な思考や分析とは異なる、もっと原始的な、あるいは、かつて私が卓球を始めた頃に持っていたかもしれない、純粋な「負けたくない」という感情の欠片。


 そして、これまで無意識のうちに積み重ねてきた、膨大な反復練習の記憶。


 私の体は、思考よりも先に動いていた。


 その短い下回転のつっつきに対し、私は派手な持ち替えも、トリッキーな変化も選択しなかった。


 ただ、基本に忠実な、低い姿勢からのツッツキで返す。


 しかし、そのツッツキは、これまでのどの返球よりも、深く、鋭く、そして回転量が多かった。


 まるで、台に吸い付くように低い弾道で、高坂選手のバックサイド、エンドラインぎりぎりに突き刺さる。


「!」


 高坂選手は、私が何か奇策を繰り出すか、あるいはミスをすると予測していたのかもしれない。


 そのあまりにも「普通」で、しかし質の高い返球に、一瞬反応が遅れた。


 彼女は、なんとかそのボールを拾い上げるが、返球は甘く、私のフォアサイドに山なりに浮いた。


 …チャンスボール、ではない。これもまた、罠か。


 私はそのボールに対し、強打を選ばなかった。


 再び、基本に忠実な、しかしコースを厳しく突くフォアハンドドライブ。


 回転を重視し、安定性を優先した、確実な一打。


 高坂選手も、それを堅実にブロックする。


 ここから、信じられないようなラリー戦が始まった。


 高坂選手は、勢いに乗り、得意のドライブで私を左右に揺さぶる。


 フォアへ、バックへ、厳しいコースへ、角度のあるボールを次々と打ち込んでくる。


 しかし、私は、その全てのボールに食らいついた。


 派手な「異端」の技ではない。


 スーパーアンチでの変化球を最小限に抑え、主に裏ソフトの面で、ただひたすらに、粘り強く、ボールを相手コートに返し続ける。


 まるで、かつての名選手が、世界トップクラスの選手たちを相手に見せたような、驚異的なまでの守備範囲と、どんなボールにも食らいつく執念。


 それは、私の「異端」や「冒涜的」と評されるスタイルの奥底に、隠されていた、あるいは私自身も忘れかけていた、膨大な練習量に裏打ちされた「王道」の技術だった。


 左右に振られ、体勢を崩されながらも、私は倒れ込みそうになりながらボールを拾う。


 床を滑るシューズの音。荒くなる呼吸。しかし、私の瞳は、ただ一点、白いボールだけを追い続けていた。


 私の脳は、もはや複雑な分析を放棄し、ただ、目の前のボールを相手コートに返す、その一点に全ての処理能力を集中させていたのかもしれない。


「な…なんだ、あいつ…さっきまでの変な卓球はどこ行ったんだ…?」

「ただの粘りじゃねえ…全部、コースが厳しい…!」


 観客席から、控え室から、驚きの声が上がる。


 私の「異端」な変化球を期待していた彼らにとって、このあまりにも地味で、しかし異常なまでに粘り強いプレイは、別の意味で「異質」に映っただろう。


 高坂選手の表情にも、焦りの色が浮かび始める。彼女の渾身のドライブが、ことごとく、まるで壁にでも打ち返されるかのように、私のコートから返ってくる。


 それも、ただ返すだけではない。回転をかけられ、コースを突かれ、決して楽なボールではない。


 長い、長いラリー。体育館の誰もが息をのんで、その攻防を見守っている。


 そして、十数本続いただろうか。ついに、高坂選手のフォアハンドドライブが、ネットを越えずに力なく落ちた。


 静寂 9 - 10 高坂


 どっと、体育館が沸いた。あの絶体絶命のピンチから、信じられないような粘りで可能性を繋いだのだ。


 私は、肩で大きく息をしながら、汗を拭う。


 体は鉛のように重い。しかし、心の中には、先ほどまでの焦燥感とは異なる、何か熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。


 それは、「人間らしい」粘り。


 そして、勝利への純粋な執着。


 私の「異端」と「冒涜」は、この膨大な練習量に裏打ちされた「王道」という名の凶器があってこそ、初めて真価を発揮するのかもしれない。


 高坂選手の瞳には、信じられないといった表情と、そして、目の前の私という存在に対する、純粋な畏怖のようなものが浮かんでいた。


 流れは、再び、私の方へと引き寄せられようとしていた。

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