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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 三回戦

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読みやすいセオリー

 インターバルが終了する。


 私は、部長とあかねさんからの激励の言葉を胸の奥にしまい、再びコートへと向かった。


 その足取りに、迷いはない。


 セットカウント 静寂 1 - 0 高坂


 第二ゲーム、サーブは高坂選手から。


 彼女は、第一ゲーム終盤の私の揺さぶりに動揺した様子を見せていたが、この短いインターバルで精神を立て直してきたようだ。


 その瞳には、再び冷静な光が戻り、しかし、その奥には私に対するより深い警戒心と、そして第一ゲームで植え付けられた「予測不能な何か」へのわずかな怯えのようなものが混在しているのが見て取れた。


 彼女の纏う靄は、依然としてクリアな水色を基調としているが、その縁には分析的な思考を示す黄色が鋭く縁取られている。


 …高坂選手、精神は回復しているようだ。第二ゲームは、より慎重かつ、私の変化に対応するための具体的な戦術変更を試みてくる可能性が高い。


 特に、私のアンチラバーからの返球に対する処理と、サーブレシーブのパターン。


 高坂選手の初球サーブ。


 それは、第一ゲームでは見せなかった、私のフォアサイドを切るような、速い横回転サーブだった。台から出るか出ないかの、絶妙な長さ。


 私は、咄嗟に裏ソフトの面で対応しようとしたが、回転の読みが僅かに甘く、レシーブはネットを越えたものの、少し高く浮いてしまった。


「そこ!」


 高坂選手は、その甘いボールを見逃さず、鋭いフォアハンドで私のバックサイド深くに叩き込んできた。


 第一ゲームの終盤では影を潜めていた、彼女の本来の攻撃的なドライブだ。


 静寂 0 - 1 高坂


 …やはり、サーブの球種とコースを変えてきた。


 そして、私の甘い返球に対する攻撃の意識も高い。


 第一ゲームのデータは、彼女の中で既に分析され、対策が施されている。


 続く高坂選手のサーブ。


 今度は、同じモーションから、回転を抑えたナックル性のロングサーブを、私のミドルへ。


 私は、これをスーパーアンチでブロックし、彼女のフォア前に短く落とそうと試みる。


 しかし、高坂選手はそれを読んでいたかのように素早く踏み込み、そのボールを、今度は強打ではなく、巧みなフリックで私のフォアサイド、ネット際にコントロールしてきた。


 静寂 0 - 2 高坂


 序盤、完全に高坂選手のペースだった。


 彼女は、第一ゲームでの私の「異端」な戦術に対し、冷静な分析と、それを実行するだけの高い技術力で対応してきている。


 私の変化球に対しては無理に攻めず、繋ぎのボールもコースを厳しく突き、私が先にミスをするか、あるいは甘いボールを返すのを辛抱強く待っている。


 …私のネットインや模倣サーブといった奇策は、一度見せれば警戒される。


 そして、高坂選手のようなレベルの相手には、同じ手が何度も通用するわけではない。


 ならば、こちらも、さらにその予測の斜め上を行く「異端」の精度と多様性を見せつける必要がある。


 静寂 2 - 5 高坂


 高坂選手のリード。私のサーブ。


 私はここで再び、高坂選手の思考を揺さぶるための布石を打つ。


 あえて、第一ゲームの終盤で彼女を混乱させた、部長のフォームを模倣した、あのパワーサーブの構えに入った。


 高坂選手の体が、一瞬、ピクリと反応するのが見えた。


 彼女の脳裏には、あの強烈なナックルロングサーブの残像が蘇っているはずだ。強打を警戒し、彼女の立ち位置がほんのわずかに後ろに下がる。


 しかし、私がそこから放ったのは、ロングサーブではない。


 インパクトの瞬間、手首を柔らかく使い、モーションとは全く異なる、ネット際に短く、そして強い横下回転をかけたショートサーブだった。


 それは、高橋選手の得意としたサーブの軌道と回転を、部長のパワーフォームという「偽装」の中に隠した、二重のフェイント。


「…!?」

 高坂選手は、完全に意表を突かれた。


 強打を警戒して後方に下がっていた彼女は、慌てて前に踏み込もうとするが、間に合わない。


 ボールは、彼女のコートで低く二度バウンドし、エースとなった。


 静寂 3 - 5 高坂


 …成功。異なる選手の特性の組み合わせによる、新たな予測不能パターンの生成。彼女の思考ルーチンに、さらなる混乱のノイズを。


 この一点をきっかけに、試合の流れが再び私の方へと微かに傾き始める。


 私はその後も、高橋選手のサーブ、後藤選手のサーブ、そして部長のサーブのフォームをランダムに使い分け、そこから繰り出す球種も、下回転、横回転、ナックル、ロング、ショートと無限に近い組み合わせで変化させた。


 時には、アンチラバーでのブロックと見せかけて、インパクトの瞬間に裏ソフトに持ち替え、鋭いカウンタードライブ。


 時には、強打すると見せかけて、ネット際にふわりと落とすデッドストップ。


 高坂選手は、そのあまりにも多様で、かつ予測不能な「異端の白球」の前に、徐々に思考の迷路へと迷い込んでいく。


 彼女の「正統派」の卓球が持つ安定性と論理性が、私の「異端」と「冒涜的」とも言える変化の前では、有効な武器となり得ない。


 彼女の瞳には、もはや困惑と焦り、そして疲労が複雑に混じり合い、激しく揺らめき続けていた。


「なんなのよ、あの子の卓球は…!セオリーが、全く通用しない…!」


 コートサイドで、山吹中学のコーチらしき人物が、苦々しげに呟くのが聞こえる。


 私の「異端」は、相手の常識を破壊し、その思考を支配する。


 第二ゲーム、スコアは徐々に私に傾き、8-7。私のサーブ。


 私は、静かに息を吸い込み、そして、このセットを終わらせるための一手を、冷徹に選択した。

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