表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端の白球使い  作者: R.D
五月雨高校編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

700/709

深夜の聞き手

「…待ってなさい!水、入れてくるから!」


 私は半分逃げ出すように、ベッドルームを飛び出した。


 キッチンのカウンターに手をつき、荒い息を整える。


 …水じゃない。


 私はコンロの方へと、向き直った。


 今あの子に必要なのは、温かい何かだ。


 数分後。


 私はマグカップを二つトレーに乗せ、寝室へと戻った。


 しおりさんは、ベッドの上で体育座りのように小さくなって、私を待っていた。


 私はベッドサイドのライトだけを点け、彼女にマグカップを手渡した。


「…温かいココア、その方がいいでしょう」


「…ありがとうございます」


 彼女は両手でカップを包み込み、そっと一口飲んだ。


 その温かさに、少しだけ体の強張りが解けていくのが、分かった。


「…驚かせてしまい申し訳ありません、…もう大丈夫です」


 また、その言葉。


 私の中で何かがプツン、と切れた。


「…いいから!その堅苦しい話し方!なんとかならないの!?」


 私の突然の叫び。


 しおりさんは、目を丸くして固まっている。


「だ、だっておかしいでしょう!?たいして変わらないのよ、私たち!…おまけに一緒のベッドで寝る関係にまでなって!それなのに『申し訳ありません』!?…聞いてるこっちが息詰まるわよ!」


 しおりさんは、困ったように眉を下げた。


「…努力はします、ですがこれはもう私の一部のようなものですから、…あまり期待はしないでください」


「…昔からなの?」


 私は思わず聞き返していた。


 彼女はココアの湯気に目を落としながら、静かに頷いた。


「…そうですね」


 彼女はポツリポツリと語り始めた。


 私が聞いた、あの地獄。


 父の暴力。母の無関心。


 そして唯一の光だった、親友を守るために、自らその手を突き放したこと。


 その全てを失った少女が最後に選んだ道。


 小学二年生の冬、自ら命を絶とうとしたこと。


 …知っている、猛に事情を、おおまかに聞いていたから…、でも…。


 人から聞くのと、本人から聞くのは、重みが違う。


 私はただ黙って、ココアを飲むことしかできなかった。


 しおりさんは、そこで一度言葉を区切る、そして。


 静かに続けた。


「…あの日、死ぬことに失敗して病院のベッドで目を覚ました時、…私は、理解したんです」


「…何を…?」


「希望を持つことも、誰かを愛することも、感情を持つことそのものが、間違いだったのだと」


 そのあまりにも絶望的な悟り。


「信じるから裏切られる、希望を持つから絶望する、その痛みは、自分に帰ってくる」


「だから捨てたんです。全部」


「え…」


「あお…、親友への想いも、卓球への情熱も、生きているという感覚も、…そして、一番最初に捨てたのが、子供らしい『言葉』でした」


 …言葉…?


「普通の子供の言葉は、感情と繋がりすぎていますから『嬉しい』『悲しい』『楽しい』…、そんな言葉を口にするだけで、死んだはずの心がまた痛み出す」


「だから私は、心を殺すために、言葉を殺したんです」


「幸い私の母が完璧な『道具』を与えてくれていました『大人と対等に話せる子供であれ』と、…だから、その感情の乗らない冷たい言葉だけを、使うことに決めたのです」


 彼女は、私をまっすぐに見つめた。


 その瞳は、どこまでも静かだった。


「この言葉遣いは私の『盾』であり『鎧』です、これを構え、纏っている限り、私は何も感じずに生きていける」


「…だから、私には分からないのです」


「『普通』の話し方というのが…よく分かりません」


「だって私は」


「『普通』の話し方を知っていた、昔の自分を、あの日に殺して、捨ててきましたから」


 その告白。


 私はもう彼女を天才だとも魔女だとも思えなかった。


 ただどうしようもなく不器用で、どうしようもなく哀しい一人の少女が、そこにいるだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ