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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 三回戦

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インターバル

 第一ゲームが終わり、私は静かに自分のタオルとドリンクが置いてある控え場所へと戻った。


 コートチェンジの際、すれ違った高坂選手の表情は、冷静さを欠き、明らかに動揺と焦りの色を浮かべていた。


 彼女の「正統派」の卓球が、私の「異端」な戦術、特にあの二度のネットインと、彼女自身のサーブの模倣、そして最後の部長のサーブの模倣からのナックルロングサーブによって、完全に予測の範囲外へと追いやられた結果だろう。


 控え場所では、あかねさんが私の名前を呼びながら駆け寄ってきた。その手には、既に新しいページが開かれたノートとペンが握られている。


「しおりちゃん!すごかったよ!本当に!あの、最後の部長先輩みたいなサーブ!高坂さん、全然反応できてなかったもん!それに、あのネットインだって、しおりちゃんなら狙ってたんでしょ?」


 彼女の言葉は、興奮と純粋な称賛で弾んでいる。


 彼女の言葉は、鮮やかなオレンジ色に輝き、私への期待感で大きく揺らめいていた。


 そのストレートな感情表現は、以前なら単なる「ノイズの多い情報」として処理していたかもしれない。


 しかし、今は…


「…ありがとうございます、あかねさん」


 私は、いつもよりほんの少しだけ、声に温かみのようなものが乗ったかもしれない、と自分でも分析する。


「あのネットインは、確率的偶発事象です。再現性は極めて低い。ただし、相手に『意図的であったかもしれない』と誤認させ、心理的負荷を与える効果は期待できると判断しました。最後のサーブは…部長のフォームと球筋をトレースし、高坂選手の現時点での思考ルーチンに対し、最も効果的な攪乱と奇襲を目的として選択したものです。」


 分析的な説明は変わらない。


 しかし、その言葉の端々に、あかねさんの興奮に応えようとするような、あるいは、彼女に理解してもらいたいというような、以前にはなかった種類の「意志」が込められているのを、私自身も感じていた。


「やっぱり、全部計算してたんだね、しおりちゃんは…!」


 あかねさんは、感嘆の声を上げながらも、私の説明を懸命にノートに書き留めている。


「でも、部長先輩のサーブまで使うなんて、本当にびっくりしたよ!」


「おい、しおり!」


 そこへ、試合を真剣な眼差しで見つめていた部長が、腕を組みながら近づいてきた。


 その表情には、満足感と、そして私の戦い方に対する、さらなる興味が浮かんでいる。


「お前、また俺のサーブパクりやがったな。しかも、あの場面で使うとは、たいした度胸だぜ。高坂の奴、完全に面食らってたじゃねえか。」


 彼の声には、からかいと、そしてどこか誇らしげな響きがあった。


「…部長のサーブは、パワーと回転量において、現時点での私のレパートリーの中で、最も高坂選手に対し心理的圧迫を与えられると判断しました。あなたの『許可』のアイコンタクトも、その判断を後押しする重要な変数となりました。」


 私は、部長の視線を真っ直ぐに見返し、事実を述べる。


「はっはっは!許可ねえ!まあ、俺のサーブがお前の役に立ったんなら、それでいいぜ!」


 部長は豪快に笑った後、真剣な表情に戻る。


「だがな、しおり。高坂は、このまま黙ってやられるようなタマじゃねえ。第二ゲームは、必ず何か変えてくるぞ。お前のあの『変態的』な変化にも、少しずつ対応しようとしてくるはずだ。油断するなよ。」


 彼の言葉は、的確な分析と、そして仲間としての真摯な忠告だった。


「…はい。高坂選手の適応能力と、第二ゲーム以降の戦術変更パターンについては、現在シミュレーション中です。考えられる対策は複数準備しています。」


 私は、静かに頷く。


「しおりちゃんなら、きっと大丈夫だよ!」


 あかねさんが、再び明るい声で私を励ます。


「どんな相手でも、しおりちゃんの卓球で、びっくりさせちゃえ!」


 その言葉に、私の胸の奥で、ほんのわずかに、しかし確かな「何か」が動いた。


 それは、かつて昔感じた、仲間からの信頼と期待が生み出す、温かい、そして力強い感情の萌芽。


 お前に資格があるのか?


「…ええ。最善を尽くします」


 私は、二人に向けて、ほんの少しだけ、表情を和らげたかもしれない。


 少なくとも、私の「静寂な世界」に差し込む光は、もう、無視できないほどに強くなっていた。


 インターバル終了の合図が、間もなく聞こえてくる。


 私は、新たな決意を胸に、再びコートへと意識を集中させた。

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