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異端の白球使い  作者: R.D
異端者
7/609

異端者 (7)

 大会の開会式が終わり、試合開始までの時間、自身の試合の組み合わせを確認する。


 トーナメント表に記された自分の名前。「静寂しおり」。そして、最初の対戦相手の名前は「田中かおり」。同じ中学一年生だ。特に情報はない。


 試合開始まで、部員たちと一緒にウォーミングアップを行う。素振り、フットワーク練習。体とラケットの感触を確かめる。異質なラバーの感触。私の手の中で、裏ソフトとスーパーアンチが静かに存在を主張している。ウォーミングアップの打ち合い練習では、部長と短い時間打ち合った。体の動きを確認し、打球の感触を確かめる。


 やがて、私の試合の順番が近づいてきた。審判のコールが、私の名前を呼ぶ。


「静寂 しおりさん」


 私は、バッグを置き、指定された卓球台へ向かう。対戦相手の田中かおりさんが、既に台の向こうで待っている。彼女は、私よりも少し背が高い、一般的な体格の女子選手に見えた。真新しいゼッケンをつけ、僅かに緊張した表情で私を見ている。


 互いに台の前に立ち、一礼する。「お願いします」という声が、緊張気味に重なった。


 そして、試合開始。


 私のサーブから始まった。短い下回転サーブ。田中選手は、それをツッツキで返してきた。


 私は、そのツッツキに対し、ラケットを一瞬持ち替え、アンチラバーでブロックした。


 カツン、という鈍い打球音。そして、田中選手のコートへ返ったボールは、回転がほとんど消えた、フラットなナックルボールとなった。


「え…?」


 田中選手の顔色が変わる。彼女は、ツッツキで強い下回転がかかっていると予測していたのだろう。ラケットを合わせた瞬間、ボールが滑ったのだ。


 予測を裏切られた田中選手の体勢が泳ぎ、返球はネットに力なく吸い込まれた。


 1点目。私のポイントだ。


 体育館のあちこちで聞こえていた打球音や声援が、一瞬だけ遠ざかったように感じられた。私の台の周囲で見ていた他の部員や顧問、そして他の学校の選手らしき人々から、小さなざわめきが起こった。


「今の、どうなったの…?」


「回転が変…」


「あの子のラバー、何?」


 田中選手は、明らかに動揺している。次の私のサーブは、同じフォームからの、今度は裏ソフトでの順回転サーブ。田中選手は、またナックルが来ると思ったのだろうか、ラケットの角度を合わせ損ね、オーバーミスになった。


 2点目。再び私のポイントだ。田中選手の困惑は深まる。周囲のざわめきは、さらに大きくなった。顧問の先生も、腕を組み、真剣な、そして少し興奮したような表情で私を見つめている。


 田中選手は、気持ちを立て直そうと、少し間を置いてからサーブを打ってきた。少し長めのカーブロングサーブ。私はそれに対し、冷静に、ラケットを持ち替え、裏ソフトでドライブをかけた。鋭い回転とスピードを持つ打球。


 ギュン、という裏ソフト特有の打球音が響く。田中選手は反応するが、私のドライブに押され、返球が浮いた。私はそのボールに対し、迷わず裏ソフトで強烈なスマッシュを打ち込んだ。


 シュッ、という風を切る音と共に、白球は田中選手のコートに突き刺さる。


 3点目。


 田中選手は、もう私の打球にどう反応していいか分からない様子だった。彼女のプレイは、分析に基づいた対応ではなく、勘に頼ったものになっていた。


 試合は、一方的に進んでいった。


 私は、冷静に相手のプレイを観察し、その癖や弱点を見つけ出す。そして、「使えるものは何でも使う」思考に基づき、最も効果的な打球とコースを選択する。


 時には、体躯の不利からボールに追いつくのが難しい場面もあったが、素早いフットワークでカバーし、あるいはアンチラバーで相手の強打を抑え、体勢を立て直した。リーチの短さを、予測不能な変化と、正確なコース取りで補う。パワー不足を、裏ソフトでの回転量の多いドライブや、意表を突くスマッシュで補う。


 試合が進むにつれて、周囲のざわめきは次第に静まり、代わりに、静寂しおりという一人の選手のプレイに対する、真剣な、そして圧倒されたような視線が集まってきた。他の台での試合が一時中断し、私の試合を見ている選手や関係者もいる。


 感情を表に出さずに、私は淡々とプレイを続けた。勝利への静かな、しかし確かな渇望が、私の内側で青い炎のように燃えている。この市町村大会は、全国へ続く長い道のりの最初の一歩に過ぎない。ここで立ち止まるわけにはいかない。


 そして、試合終了。スコアは、圧倒的な差がついた。田中選手は、呆然とした様子で台を見つめている。


「…ありがとうございました」


 私は、簡潔に礼をした。田中選手も、まだ戸惑った表情のまま、礼を返した。


 市町村大会での最初の試合。私の「異端」は、部外の選手にも、そして女子卓球の舞台でも通用した。


 そして、それは、この大会で私が勝ち上がっていくこと、そしてその存在が注目を集めていくことの、始まりを告げる一球となった。

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