夜明け
…まぶしい。
カーテンの隙間から差し込む鋭い朝の光が私の瞼を焼く。
…朝…?
私は、重い意識をゆっくりと覚醒させた。
まだぼんやりとする頭で昨夜の出来事を反芻する。
ココア、幻痛、告白、そして…。
――その時、私は気づいた。
私の腕の中に、確かな「温もり」があることに。
そっと視線を落とす。
そこには私のパジャマの胸元に、顔をうずめるようにして、静かに寝息を立てているしおりさんの姿があった。
…寝てる…。
昨夜あれほど痛みに耐え息を止め怯えていた少女が、今はまるで子供のように、無防備に眠っている。
私が抱きしめたあの体勢のまま。
…夢じゃなかったんだ。
華奢な体。
少しだけ開いた唇。
ココアの甘い匂いはもう消えていたけれど、彼女の匂いがすぐそこにある。
…これが静寂しおり。
最強のライバル。
予測不能の魔女。
そして、どうしようもなく哀しい、私が「友達」と呼んでしまった女の子。
胸の奥がチクリと痛む。
…守らなきゃ。
柄にもない感情が湧き上がってくる。
この温もりを、もう誰にも奪わせてはいけない。
私がそう決意したその時。
腕の中で彼女の睫毛がふると震えた。
「…ん…」
小さな声が漏れる。
しおりさんがゆっくりと目を開いた。
「……」
そして数秒間自分が置かれている状況が理解できないという顔で、ゼロ距離で私を見つめた。
ガラス玉のような瞳。
その瞳が昨夜の記憶を再生し、自分が私に抱きしめられたまま眠っていたという事実にたどり着いた瞬間。
「…っ!!」
彼女の体がビクッ!と跳ねた。
まるで高圧電流でも流されたかのように、私から慌てて体を引き剥がそうとする。
「…あ、…その、…わ、わたし…っ」
「…おはよ」
私は寝起きの掠れた声で努めてぶっきらぼうに言った。
「……、おはよう、…ございます」
彼女はベッドの一番端まで転がるように後ずさり、
シーツを胸元まで引き上げ完璧な「他人行儀」の顔で頭を下げた。
「…あの、昨夜はその、…申し訳ありませんでした」
「…それ」
私はため息をついた。
「…もういいって言ったでしょう」
「え?」
「その『申し訳ありません』ってやつ」
私の言葉にしおりさんはハッとした顔で口をつぐむ。
昨夜のあの告白。
彼女の「鎧」のこと。
忘れたわけじゃない。
気まずい沈黙が流れる。
言ってやりたい、そういう時は「ありがとう」って言うんだと。
朝日が部屋の埃をキラキラと照らしている。
私はガシガシと頭を掻きながらベッドから起き上がった。
「…朝ごはん作るわよ」
「あ、…はい…」
「…あんたも手伝いなさい。…友達なんでしょう?」
私が笑ってそう言うと、しおりさんは珍しく、というか初めてみる表情で固まったまま、何も言えなくなってしまった。
…うん。
まあいいか。
この不器用な天才をからかうのは、なかなか悪くない朝の始まり方かもしれない。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
さて、本編では小笠原の視点で物語が進んでいますが
「しおりはなぜ、あんな風に壊れてしまったのか?」
「葵のあの、常軌を逸した執着は、どこから来るのか?」
その「答え」となる物語を、書き始めました。
日向 葵 の視点で描く過去編です。
現在、なろうで開催中のイベント、秋の文芸展2025
「友情」を、テーマに書いていく予定です。
灰色の世界にいた葵を、しおりがどう「英雄」として救ったのか。
そして、なぜ二人は、壊れなければならなかったのか。
本編をより深く楽しんでいただくためにも、ぜひこちらの「もう一つの本編」も、覗いてみてください!
https://ncode.syosetu.com/n3434lf/




