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異端の白球使い  作者: R.D
五月雨高校編

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横暴な聞き手

「『普通』の話し方を知っていた昔の自分を、あの日に殺して捨ててきましたから」


 その告白。


 私はもう、彼女を天才だとも魔女だとも思えなかった。


 ただどうしようもなく不器用で、


 どうしようもなく哀しい一人の少女が、そこにいるだけだった。


 空になったマグカップを見つめたまま、二人とも言葉を失っていた。


 重すぎる静寂。


 それを破ったのは意外にもしおりさんの方だった。


「…ココアごちそうさまでした、…そろそろ寝ましょうか」


 彼女はまるで何事もなかったかのように淡々とトレーにカップを戻そうとする。


「…待って」


 私はその手を遮った。


「…もう、落ち着いたの?」


「はい、おかげさまで」


「…本当?」


 私は彼女の瞳をじっと覗き込む。


 その奥には、まだ消えない痛みの残滓が見えた気がした。


「…あと何日か一緒にいるんだから」


 私はぶっきらぼうにそう言った。


「…何か変なところがあったらすぐに相談して、…いいわね?」


 私のその言葉に、しおりさんは一瞬虚を突かれたように目を見開いた。


 そして少し、話すか迷うように視線を彷徨わせた後、


 意を決したように口を開いた。


「…あの、小笠原さん」


「…何よ」


「…先ほどのことですが」


 彼女は自分のパジャマの袖をぎゅっと握りしめた。


「…体にある無数の古傷が…そのまるで最近切られたかのように痛むんです」


 …は?


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


 古傷が?今?痛む?


「…どういうこと…!?見せてみなさい!」


 私は彼女の袖を捲ろうと、手を伸ばした。


「…血でも出てるの!?救急車呼ぶわよ!」


 私がベッドサイドのスマートフォンに、手を伸ばしたその時。


「待ってください!」


 強い声。


 しおりさんは、私の手首を掴んで止めていた。


「違います!実際に傷が開いてるわけではないんです!」


「じゃあ何なのよ!」


「…これは…『代償』のようなものです」


「代償…?」


「はい。…今日の黒木主将との試合、あの時黒木主将は、本当の私を見たいと、視線でかたっていました、だから私は、無理やり自ら感情を抑えて戦おうとしました、あの黒木主将に11- 0で勝ったときの、…その反動です」


 彼女は苦しそうに言葉を続けた。


「…心と体は繋がっているからと、…感情を無理に殺そうとするとこういう形で身体が悲鳴を上げるんだと、…精神科医のお医者さんからは自らそういうことをするのは絶対にしないようにきつく言われていたんですけどね」


 …じゃああの全てを棄却する、『予測不能の魔女』と言われるしおりさんは…、こんな無茶なことをして無理やり作っていた状態だったっていうの…!?


 …だから猛は、ランキング戦を不戦敗にしてまで、しおりさんに感情を吹き込むように足掻いていたんだ…。


「…でも勝つためには、必要でした」


 彼女はふっと息を吐いた。


 それは自嘲するような、諦めたような笑みだった。


「勝利すること、それが私の唯一の価値ですから」


 ―――プツン。


 今度こそ、私の理性が切れる音がした。


 価値?


 唯一の価値?


「…ふざけるな…っ!」


「え…」


 私は気づいた時には動いていた。


 ベッドの上で小さくなっているしおりさんを、そのままベッドに押し倒すように抱き締めていた。


「…っ!?」


「…うるさい!…うるさい、うるさい!」


 私は彼女の肩口に顔を埋めるように叫んだ。


 華奢な体。


 こんな小さな体で、一体どれだけのものを背負ってきたというの。


「…あなたの価値が卓球の勝ち負けだけ…?」


「…小笠原さん…?」


「…馬鹿言わないで…!」


 私は腕に力を込めた。


 彼女の痛みが私に移ればいいと思うくらい強く。


「…私にとってあなたは、最強のライバルよ…!」


「…!」


「…私が、人生で初めて本気で追いかけている、尊敬できる選手よ…!」


「……」


「…そして…多分…数少ない友達なのよ…っ!」


 言ってしまった。


 恥ずかしさで顔が熱い。


 でも言わなければいけなかった。


 腕の中でしおりさんが、息を飲んだのが分かった。


「…だからもう、自分を価値がないなんて言わないで…」


 返事はなかった。


 ただ彼女の体の強張りが、ほんの少しだけ解けたような気がした。


 ココアの甘い匂いと、彼女の匂いが混ざり合う。


 もう離してやるものか。


 この幻の痛みが消えるまで、


 この哀しい少女がちゃんと眠れるまで。


「…このまま寝るわよ」


「…え、…でも」


「うるさい、…いいから寝なさい」


 私は彼女を抱き締めたまま強引に目を閉じた。


 とんでもない夜だった。


 けれど不思議とさっきまでの眠れなかったあの感覚は、もうどこかへ消えていた。


 温かい体温がそこにある。


 ただそれだけが確かな現実だった。

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