0時10分の悪夢
…私は眠っていた。
浅く薄い氷の上を、歩くような眠りだった。
この柔らかすぎるベッドも、隣にいる他人の体温も、私の神経は、まだ慣れない。
夢と現実の狭間を漂っていた、その時。
―――ミシッ
その乾いた、床の軋む音。
その瞬間、私の意識は東京から、あの地獄へと引きずり戻された。
それは父が夜中、に酒を探しに廊下を歩く音。
それは父がわ私の部屋のドアに手をかける音。
――見つかった。
思考よりも早く、身体が反応する。
背中と腕に刻まれた無数の古傷が、まるで今、再びナイフで切り裂かれたかのように、灼けつくような「痛み」を発した。
…っ!
熱い。痛い。
その幻の激痛に、私は反射的に息を止めた。
父親の暴力から逃れるために、幼い私が唯一身につけた、生存本能。
死んだふりをしていれば、彼はいつか飽きて、どこかへ行く。
半覚醒の寝ぼけた意識の中で、暗闇があの見慣れた子供部屋の天井に変わっていく。
…うるさい、…私の心臓の音がうるさい。
…この音を聞かれたら見つかる、…息をしてはダメだ。
…痛い、痛い、痛い…。
肺が、酸素を求めて悲鳴を上げる。
身体中に走る幻の痛み。
その二重の苦しみに耐え、ただ硬直する。
これは悪夢だ。
分かっている。
でも身体が言うことを聞かない。
その時。
暗闇の中で、私ではない誰かの、息をのむ気配がした。
ビクッと私の肩が跳ねる。
「…っ!」
その衝撃でようやく金縛りが解けた。
…違う、ここはあの部屋じゃない。
…小笠原さんの部屋だ。
私は忘れていた呼吸を取り戻すように、荒く息を吸い込んだ。
振り返ると、暗闇の中で凛月さんが信じられないものを見たという顔で私を見つめ、凍り付いていた。
彼女の恐怖が肌を刺す。
…ああ、そうか。
私はまた彼女を怖がらせてしまった。
古傷の痛みの「残滓」が、まだ全身にこびりついている。
呼吸がうまくできない。
喉がカラカラに渇いていた。
「…小笠原、さん…?」
私の声はひどく掠れていた。
「…あなた、のどが…!」
「…待ってなさい、水入れてくるから!」




