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異端の白球使い  作者: R.D
五月雨高校編

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パフェ

 私が二人を案内したのは駅前の商業ビルの中にある、女子高生に絶大な人気を誇るフルーツパーラーだった。


 店内はいかにもといった感じの可愛らしい内装で、周りの席は私たちと同じような制服姿の女の子たちで溢れている。


 そんな場所に猛のような大男が一人混じっているのはなかなかに異様な光景だった。


「…うわ、すげえなここ…。俺一人じゃ絶対入れねえ…」


「当たり前でしょ。だから私が案内してあげたんでしょうが」


 私たちはメニューを開く。


 私は季節限定のシャインマスカットパフェ。猛はメニューの中で一番大きいチョコレートバナナマウンテンとかいうふざけた名前のパフェをオーソドックスに選んだ。


 問題はしおりさんだった。


 彼女はメニューの写真を食い入るようにじっと見つめたまま動かない。


 そして数分の沈黙の後、彼女は店員さんに静かに告げた。


「イチゴパフェを一つ」


「はいかしこまりました。トッピングはいかがなさいますか?」


 店員さんのその問いに、彼女はメニューのトッピング一覧を指さし、そしてこともなげに言い放った。


「――全部お願いします」


「――全部!?」


 私と店員さんの声が綺麗にハモった。


 生クリーム増量、チョコレートソース、キャラメルソース、チョコスプレー、ナッツ、ウエハース、アイスクリーム追加…。


 その全てのトッピングを乗せたら一体どんな化け物が誕生するというのか。


 私が驚愕しているのをよそに、しおりさんは満足げに頷くと、


「…部長。あとは任せました」


 とだけ言い残し、さっさと窓際の空いている席へと一人で座ってしまった。


「し、しおりさん!?」


 私が呼び止めるより早く、猛がやれやれと言った顔で店員さんに頭を下げた。


「あーすいません。こいつの言う通りでおねがいします」


「は、はい!かしこまりました!」


 店員さんが慌てて厨房へと戻っていく。


 私はそのあまりにも手慣れた猛の対応に呆れてものも言えなかった。


 …あの二人はいつもこうなのかしら…。


 窓際で外の景色を眺めているしおりさんと、当たり前のように彼女の注文をさばく猛。


 その光景は私がまだ知らない二人の絆の深さを物語っているようだった。


 私と猛も注文を済ませ、しおりさんが待つ窓際の席へと向かった。


 私たちが席に着くのとほぼ同時に、猛が待ちきれないといった様子で口火を切る。


「…なあしおり。あの黒木主将との最後のアンチのやつ。あれどういう理屈なんだ?俺にはただのナックルにしか見えなかったんだが…」


「…あれはただのナックルではありません。相手のドライブの回転を利用し、逆らわずに返球しています。それによって相手の脳が予測する軌道と実際の軌道にコンマ数ミリの『ズレ』が生じるのです」


 二人の卓球談義が始まった。


 そのマニアックでハイレベルな会話。


 私はその二人の会話を聞きながらただ呆れていた。


 …この二人。本当に卓球のことしか頭にないのね…。


 その時だった。


「お待たせいたしましたー!」


 店員さんがトレーを持ってやってきた。


 私と猛の前にはメニュー通りの美味しそうなパフェが置かれる。


 問題はしおりさんだった。


「…ご注文のイチゴパフェ、トッピング全部乗せになります…!」


 ドンとテーブルに置かれたその「怪物」


 それはもはやパフェではなかった。


 イチゴの山に雪崩のようにかかる生クリーム。


 その上からこれでもかと振りかけられたチョコとキャラメルのソース。


 アイスは三段重ね。


 SNSで自慢げに上げられているどんな写真よりも遥かに暴力的で背徳的な盛り付けだった。


 その光景に猛が若干引き気味に呟いた。


「…おいしおり。お前やっぱり甘党だろ」


「…?」


「覚えてるぜ。俺が中学の時初めてお前にコーヒー奢った時。お前角砂糖五個くらい入れてなかったか?」


 その指摘に、しおりさんは心外だというように眉をひそめた。


「…私は甘党ではありません。ただ適切に味わっているだけです」


「いやどう見ても適切じゃねえだろこれ…」


「いいえ。このイチゴの酸味とクリームの脂肪分、そしてアイスの冷たさを同時に中和し、そしてその幸福感を最大化するためには、この全てのトッピングが必要不可欠です。私はメニューにおける『最適解』を選んだだけですよ」


 そう言って彼女は一切の迷いなくその怪物の頂上にスプーンを突き立て、そして至福の表情でそれを口に運んだ。


 そのあまりにも幸せそうな顔。


 …ぷっ


 私は思わず噴き出しそうになった。


 なんだこの子。


 コートの上ではあの全てを凍りつかせるような「魔女」の顔をしているのに。


 パフェ一つ食べるのに何をそんな難しい理屈をこねているのよ。


 ただ「甘いものが大好きです」と言えばいいものを。


 そのあまりにも大きなギャップがなぜかたまらなく微笑ましかった。


 …もし私にこんな妹がいたら。…毎日楽しかっただろうな。


 そんな柄にもないことを考えている自分に気づき、私は慌てて自分のパフェにスプーンを突き立てた。


 今日のパフェはいつもよりずっと甘く感じられた。

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