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異端の白球使い  作者: R.D
五月雨高校編

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再戦の希望

 私の口元から自然と笑みがこぼれていた。


 私たちは台を挟んで向かい合う。


 先ほどまでの優しい、子守唄の時間は終わった。


 体育館の喧騒が遠のいていく。


 私たちの世界だけがそこにあった。


「行くぜ、しおり!」


「どうぞ」


 試合が始まった。サーブは部長から。


 彼が放ったのは、あの獣のようなパワーサーブではない。


 高校で磨き上げ、丁寧にコントロールされた、短い下回転サーブだった。


 私のバックサイド、ぎりぎりの位置に鋭く落ちる。


 …試している。


 私の今の肉体が、このレベルのサーブに反応できるかどうか。


 私はその挑戦に応えた。


 あえてフォアサイドにほんの僅かな隙を作りながら、台の中へと踏み込みチキータの体勢に入る。


 ラケットがボールを捉え、強烈な回転を与えて返球する。


 部長はそれを待っていた。


 彼は私が作った、その僅かな「隙」を見逃さない。


 彼が放ったのはカウンタードライブ。


 私のがら空きになったフォアサイドを撃ち抜く、必殺の一撃。


 …速い、だが予測通りだ。


 私には見える。


 彼の肩の動き、重心の移動。


 その全てが私に次の一手を教えてくれていた。


 私はチキータを打った体勢から、そのまま流れるようにフォアサイドへと飛び込む。


 そして、カウンターの威力を利用し、さらにその上をいく速度でカウンターのカウンターを叩き込む。


 ボールは閃光となって彼の反応を置き去りにし、コートの端へと突き刺さる。


「……っ!」


 部長が信じられないといった顔で私を見ている。


 私は静かに構え直した。


「…部長。今の私を相手に、手加減は無用ですよ」


 その言葉に、彼は一瞬呆気に取られたが、すぐに心の底から楽しそうに歯を見せて笑った。


「…はっ!言ってくれるじゃねえか、しおり!」


 彼の瞳に本気の炎が灯る。


 そうだ。


 こうでなくては。


 私たちの本当の「遊び」はまだ始まったばかりだ。



 ______________________________




 カンカンと体育館の喧騒の中でもひときわ甲高くそして澄んだ打球音が響いている。


 私はスマホをいじるふりをしながらその音のする台を盗撮…、撮影していた。


 猛としおりさん。


 あの二人の卓球はもはや遊びではなかった。


 それは互いの全てをぶつけ合う真剣勝負。


 そしてその試合は徐々に、しかし確実にしおりさんがリードを奪い始めていた。


 その光景を見て私の胸に様々な感情が込み上げてくる。


 …そう、…そうよしおりさん。


 …あなたは、そうでなくてはならない。


 私が初めて彼女と戦ったのは中学三年生の時、ようやく、なんとか出場できたあの全国大会、その準決勝。


 あの時、私は彼女に惨敗した。


 手も足も出なかった。


 あの日から私の卓球は変わった。


 私は彼女のデータを集め、どうすればあの変化をを破れるか、あらゆるシミュレーションを繰り返した。


 高校に入学しあの猛が同じ部活に入ってきた時は幸運だと思った。


 彼ならしおりさんのことを何か知っているかもしれないと。


 しかし彼の口から告げられたのは想像もしない言葉だった。


「あいつは事故で…、意識不明の重体、仮に目を覚ましても、選手としては……」と。


 私は目標を見失った。


 目の前が真っ暗になった。


 それでも私は、何度も飛行機に乗り、彼女のお見舞いに通った。


 誰にもバレないように隠れて。


 …恥ずかしくて誰にも話せないけれど。


 ただもう一度彼女に会いたかった、彼女と話したかった。


 しおりさんが目を覚ましたと聞いた時。


 自分のこと以上に嬉しかった。


 お見舞いにも行った。


 彼女の希望は全て叶えてあげたいと思った。


 それは同情なんかじゃない。


 私にとって彼女はいつだって憧れの、最強のプレイヤーだったから。


 だから高校への体験入学の手伝いという面倒なことも、自ら進んで引き受けたのだ。


 なのに。


 あの日私の家で、


 彼女が、私の、あのしおりさん対策の研究ノートを見て泣きながら、言ったのだ。


「私はもうあの頃みたいにプレイできない」と。


 あの時は思わず「あなたは今の方が強い」と気丈に振る舞った。


 でも心の奥では絶望していた。


 ああ、もう私のリベンジの機会は永遠に失われたのだと。


 ランキング戦。


 彼女が最上台で猛者たちを全て退けたと聞いても、私は怖くてその試合を見ることができなかった、見ているふりをしていた。


 もしそれが私の知っている彼女とは似ても似つかない弱々しい姿だったらと。


 しかし今目の前で繰り広げられているこの光景はどうだ。


 あの部内でもトップレベルの猛のあの、獣のような強打をしなやかにいなして、ねじ込む。


 あえて「隙」を演じ、そしてカウンターを叩き込むあの「誘い受け」


 見惚れるほどの、返す刀でのカウンター一閃。


 そのあまりにも完成された戦い方と精密なコントロール。


 確かに打球の威力はあの頃より弱くなっている。


 それでも彼女はあの猛からリードを奪っている。


 …ああ…


 …ああ、よかった…!


 私の頬を思わず涙がこぼれ落ちた。


 恥ずかしい。


 でも涙が止まらない。


 またあの、全力のしおりさんと戦える可能性が残っていた。


 ただその事実だけがどうしようもなく嬉しかったのだ。


 私は慌ててその涙を拭った。


 …見てなさいよ猛。


 ランキング戦で、しおりさんに挑戦する権利は、絶対に私がもらうんだから…!

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