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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 三回戦

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冒涜的な再現性

 静寂 8 - 6 高坂


 高坂選手の瞳から、光が急速に失われていくのを、私は冷静に観察していた。


 しかし、高坂まどかという選手は、ここで完全に心が折れるほど脆くはなかった。


 彼女は、数秒間呆然とした後、ぎゅっと唇を噛み締め、そして、深く、深く息を吸い込んだ。


 その瞳の奥に、屈辱と混乱、そしてそれらを振り払おうとするかのような、強い意志の炎が再び灯るのが見えた。


 激しく揺らぎながらも、一点に収束しようとしている。プライド。そして、自身の卓球への矜持。それが、彼女を再び戦場へと引き戻したのだ。


 サーブ権は高坂選手。スコアは8-6、私がリード。


 …この状況。


 彼女のプライドを考慮すれば、最も自信のあるサーブで流れを断ち切りにくるはず。


 それは、先ほど私が模倣した、あの質の高いハーフロングサーブの可能性が高い。


 私の分析は、彼女の次の一手を予測する。


 高坂選手は、静かに構えた。


 その表情には、先ほどまでの動揺の色は薄れ、代わりに、この一点に全てを懸けるという、悲壮なまでの集中力が漂っている。


 そして、放たれたサーブは――やはり、私の予測通り、彼女の得意とする、あの回転量の多くスピードもある、本家本元のハーフロングサーブだった。


 私のバックサイド、サイドラインぎりぎりを鋭く襲う!


 …来た。


 このサーブの軌道、回転、そして彼女の今の精神状態。

 先ほどのネットインの成功確率は限りなく低かった。


 だが、あの時のインパクトの瞬間の「感覚」そして高坂選手の今のサーブ…。


 私は、そのサーブに対し、体を僅かに沈め、スーパーアンチの面を構える。


 モーションは、先ほど偶然の産物として生まれた、あのネットインを繰り出す寸前のものと酷似しているように、相手には見えただろう。


 高坂選手の体が、一瞬、強張るのが分かった。


 また、あのありえないボールが来るのか、という警戒心が、彼女の動きを縛る。


 …ここでもう一度決めれば、優位は絶対的だ、リスクを取る価値はある。


 私は、ボールが頂点に達する寸前、ラケットヘッドをほんのわずかに下に向け、ボールの真下を、ごくごく薄く、そして短く、先ほどのネットインの時よりも、ほんの数ミリ、ラケットの角度を浅くして触れた。


 カッ…という、極めて微かな音。


 ボールは、強烈なトップスピンのエネルギーを吸収され、推進力を失い、ネットの白帯に向かって、ゆっくりと、しかし確実に落ちていく。


 そして…無情にも、白帯の真下に当たり、ネットをギリギリ越えずに、私のコート側へと力なく転がり落ちた。


 静寂 8 - 7 高坂


 …失敗。ラケット角度の修正値、僅かに過多。あるいは、ボールの回転量の読み違え。ネットインの再現に失敗。


 私は、表情を変えずに、しかし内心では冷静に失敗の要因を分析する。


 高坂選手の強張っていた表情が、ほんの少しだけ緩んだ。安堵の色。


 そして「やはり、まぐれだったのか」という、わずかな侮りが、その瞳の奥に浮かんだのを、私は見逃さない。


 彼女の纏う雰囲気も、一瞬、警戒から、安堵へと変化した。


 そして、彼女は、畳み掛けるように、もう一度、同じコース、同じ質の、渾身の決め球であるハーフロングサーブを、私のバックサイドへと叩き込んできた!


 今度こそ、このサーブでエースを取り、流れを引き戻そうという、強い意志が込められている。


 …同じサーブ。同じコース。


 そして、相手の精神状態は、先ほどよりもわずかに「油断」と「確信」に傾いている。入力データは、より明確になった。


 私は、再びスーパーアンチの面を構える。


 モーションは、先ほどと全く同じ。


 高坂選手の脳裏には、先ほどの私のネットミスが焼き付いているはずだ。


「また同じミスをすればいい」と、心のどこかで思っているかもしれない。


 しかし、インパクトの瞬間――


 私は、先ほどの失敗を基に、ラケットの角度を、さらにコンマ数ミリ単位で微調整し、ボールに触れるラケット面の「位置」を、ほんのわずかに、ボールの中心軸からずらした。


 カタン…!


 今度こそ、ボールは、まるで意思を持ったかのように、ネットの白帯の上を、するりと舐めるように通過し――相手コートのエッジぎりぎりに、信じられないような角度でバウンドし、コートの外へと消えていった。


 再びネットイン。


「な……に……!?」


 高坂選手の口から、声が漏れた。


 一度ならず二度までも、しかも、一度失敗した直後に、完璧に同じ「ありえない技」を決められる。


 それは、もはや偶然では片付けられない。


 彼女の「正統派」の卓球の常識、そして精神は、この「冒涜的」なまでの再現性の前に、今度こそ、粉々に打ち砕かれようとしていた。


 静寂 9 - 7 高坂


 体育館のどよめきは、もはや悲鳴に近い。


 私の「異端」は、相手のプライドと努力を、嘲笑うかのように、そこに存在していた。

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