暖かさ
…そうじゃ、ねえんだよ、馬鹿野郎…!
部長が何か言いたそうに天を仰いでいる。
私はその彼のあまりにも非合理的な行動を、ただ冷静に観測していた。
「…一体どうしたんですか?部長」
私は純粋な疑問として問いかけた。
「私のパフォーマンスは完璧だったはずです。何か問題でも?」
「…しおり」
彼の声のトーンが変わった。
「お前、富永先生に言われてたろ。『自ら氷を纏おうとするな』って『それは危ないことだから、絶対にやめるように』って」
その言葉。 私の思考が一瞬フリーズする。
…なぜあなたがそれを…?
私は冷静に反論した。
「…黒木主将が私の全力の卓球を見たいと話したから、私はただその期待に応えただけです。監督にも招待してくれた恩を返したかった」
その言葉。
それは、氷の仮面を纏っているにしてはあまりにも人間くさい「動機」だった。
その矛盾に、私自身気づかないふりをしていた。
しかし部長は、その矛盾を見逃さなかった。 彼は深く、そして重いため息をついた。
「…そうか」
彼はそれ以上、私を問い詰めるのをやめた。
そして彼は、暖かいココアを自販機から買い、私に渡すと、全く違う提案をしてきた。
その声はもう怒っていなかった。
「…しおり。この近くに民間の体育館があるんだ。…軽く打たないか?俺と」
「…え?」
そのあまりにも唐突な誘い。
私が戸惑っていると、物陰からもう一人、ひょっこりと顔が現れた。
小笠原さんだった。
彼女はおそらく追ってきてからずっとそこにいたのだろう。
私たちの会話を聞いて出るに出られなかったという所だろうか。
私たちの全てを聞いていたはずなのに、聞こえていなかったという不器用な振りをして、わざと明るい声を上げた。
「――もう!二人ともこんな所にいたの!…はあ、監督が今日はもう、あなたたち二人とも上がっていいって!…私も、ランキング戦は不戦敗よ。猛、あなたのせいでね!」
彼女は部長をじろりと睨みつけ、そして私に向き直る。
「…それで、どうするの?このまま帰る?…それとも、あの筋肉バカの誘いに乗ってあげるの?」
その問い。
私は自分の腕に目を落とした。 氷の仮面の下で古傷が熱く、そしてズキズキと痛んでいる。
しかしそれよりも強く、 私の心の奥底で何かが燻っていた。
部長と卓球がしたい、その温かい衝動が。
私は顔を上げた。
「…仕方ないですね、…行ってあげます」
その一言に部長は驚いたように目を見開き、そしてすぐに子供のように顔を輝かせた。
小笠原さんは、やれやれと肩をすくめた。
「…仕方ないわね。私も付き合ってあげるわ。二人が何をしでかすか、そもそも体育館にたどり着けるのか、見てないと心配だから」
その言葉とは裏腹に、彼女の口元は楽しそうに笑っていた。 私の氷の仮面も、気づけばほんの少しだけ溶け始めているような気がした。




