百折不撓
静寂 11 - 0 黒木
体育館は、水を打ったように静まり返っていた。
俺はネットの向こう側で、静かに一礼する少女の姿を、ただ呆然と見つめていた。
…なんだ、今のは…。
負けた。
それも、一点も取れずに完敗した。
しかし俺の心の中にあるのは、悔しさや絶望ではなかった。
それよりも、遥かに強烈な「興奮」と「混乱」だった。
俺のサーブは、全て読まれ、俺の必殺のドライブは、全ていなされ、全てをどちらを選んでも未来のない択を迫り返してくる。
俺の思考の全ては、彼女の手のひらの上で、踊らされていた。
まるで一つ一つ分析され、一つ一つを解体されているかのようだった。
彼女は俺の卓球の全てを、完璧に「解体」してみせたのだ。
…猛の奴が、言っていた「化け物」
…これは「化け物」と形容するのも軽すぎる。
…初日から違和感はあった、確かに化け物だったが、三球目攻撃は通じていた、化け物といってもこの程度なのかとも思った。
しかし今日、静寂の雰囲気が変わってから全てを跳ね返す絶対防御、あれは、卓球の理の外に立つ、本物の…魔女だ。
その時、監督に呼ばれた彼女が、俺の横を通り過ぎていく。
その瞳には、何の感情も浮かんでいない。
まるで、一つの「作業」を終えただけのような、冷たい瞳。
俺はその背中に向かって、無意識に呟いていた。
「…静寂しおり」
彼女が足を止め、ゆっくりと振り返る。
「…お前、最高だ」
俺は、笑っていた。
心の、底から。
恐怖と、興奮で震えながら。
「…必ず、解いてやる。お前の、その『魔術』必ず俺が、攻略してやるからな」
そうだ。
これは、ただの練習試合だ。
俺は、まだ負けたわけじゃない。
このランキング戦の中で、俺は何度でもこいつに挑戦できる。
そして、この一週間のうちに必ず、こいつから、一点をもぎ取ってやる。
俺の、その宣戦布告に、彼女はほんの少しだけ、口元を、緩めたような気がした。
…お待ちしていますよ、黒木さん。
その声が聞こえた、ようだった。
俺はラケットを強く、握り直した。
そして自らが落ちるべき、二番台へと、全速力で駆け出した。
もう一度あの戦いに挑むために。
俺の、高校最後の年。
全国大会よりもレベルの高い、最高の「獲物」が現れたのだ。




