ランキング戦(2)
私たちはしばらくの間、他愛のない卓球談義に花を咲かせていた。
東京の空の色が、少しだけ優しくなったような気がした。
時計を見れば、もう部活が始まる十分前だった。
名残惜しいが、この穏やかな時間を終わらせなければならない。
「…黒木さん。そろそろ時間では」
「ん?ああ、もうそんな時間か。…なあ、もう一つだけいいか?さっきのYGサーブへの入り方なんだけど…」
「はいはい、そこまで!」
その話を遮ったのは、背後から聞こえてきた呆れ返った声だった。
いつの間にかそこに立っていたのは、腕を組み、心底うんざりしたという顔の、小笠原さんだった。
「黒木先輩。あなた、またやっているんですか?強そうな後輩を捕まえては、延々と卓球の話を続けるその悪い癖」
「げっ、小笠原…!」
「『げっ』ではありません。監督も心配していましたよ。『あいつは一度卓球の話を始めると、周りが見えなくなるから、様子を見てこい』と」
彼女は有無を言わせぬ態度で黒木さんの腕を掴むと、ぐいと引っ張った。
「さあ、行きますよ。主将が練習に遅刻してどうするのですか」
「お、おい、分かった、分かったから!自分で歩ける!」
小笠原さんに、赤子のように手を引かれていく主将。
その情けない姿に、私は思わずくすりと笑ってしまった。
私のその笑みに気づいた黒木さんが、顔を真っ赤にしている。
「…しおりさんも!笑ってないで、あなたも行くんです!」
「……え、ええ」
私はゆっくりと立ち上がり、そしてその奇妙で、しかしどこか微笑ましい二人の後をついていく。
私の、東京での二日目の練習が、今、始まろうとしていた。
更衣室で、五月雨高校の練習着に着替える。少しだけサイズの大きいTシャツが、まだ慣れない。
体育館へと戻ると、そこにはもう先ほどの情けない青年の姿はどこにもなかった。
部長や小笠原さんと共に、入念なストレッチを繰り返す黒木主将。
その表情は、屋上で見せた気のいい先輩の顔ではない。
全てを威圧し、支配する「五月雨高校主将」の顔だ。
その切り替えの速さに、私は静かに感嘆する。
彼もまた、本物の勝負師なのだ。
やがて、監督がホイッスルを鳴らした。
「よし、全員集合!ランキング戦を始める!」
体育館の空気が、一瞬で戦闘のそれに切り替わる。
監督が、私に向き直った。
「しおり君。今日も一番台だ。異論はないな?」
「…はい。お受けします」
私が一番台へと向かうと、部員たちの視線が突き刺さるのが分かった。
昨日とは違う。
そこにあるのは畏怖と、そして昨日よりも遥かに強い、挑戦の光だった。
私の卓球を、彼らは一日かけて研究してきたのだろう。
面白い。
私は静かに玉座に座り、そして下位の台で繰り広げられる、熾烈な潰し合いを観測し始めた。
今日の挑戦者は、昨日よりもずっと手強そうだ。
私の心は、再び勝負師としての冷たい興奮に満たされ始めていた。




