東京都の夜景
その夜。
シャワーを借り、少しだけサイズの大きい彼女のパジャマに袖を通す。
寝室のドアを開けると、凛月さんはすでにベッドの上で本を読んでいた。私がベッドに近づくと、彼女はぱたりと本を閉じ、そして慌てたように、しかしあくまで平静を装って私に背を向けた。
「…なによ。私はもう寝るわ」
耳まで真っ赤になっているのが、丸わかりの照れ隠し。
私が、その隣にそっと体を滑り込ませると、彼女の肩がほんの少しだけ、びくりと震えたのが分かった。
その静かな思考の中で、私はずっと疑問だったことを彼女に問いかけた。
「…小笠原さんは、どうして男子の部活で練習をしているのですか」
その問いに、彼女は背を向けたまま、静かに答える。
「…決まっているでしょう。あなたに追い付き、そして追い越すためよ」
その、まっすぐな言葉。私の胸が、ちくりと痛んだ。
「…今の私は、事故選手です。あの頃の私よりも、ずっと弱い」
「それでも、あなたの闘志は消えないのですか?」
その問い。
彼女は、ゆっくりとこちらに向き直った。至近距離で向き合う瞳。その距離感の近さに、彼女の頬がさらに赤く染まるのが分かった。
しかし、その瞳に宿っていたのは、恥じらいではなく、絶対的な覚悟の光だった。
「…弱い?ふざけないで」
その声は、震えていたが、力強かった。
「あなたは、あの頃よりずっと強いわ。…今日のあの試合で、嫌というほど分かった。その上で、私はあなたに勝ちたいの」
「だから、この一週間で、必ずあなたの元へたどり着いてみせる。そして、今度こそ、あなたを倒す」
その、熱く、そして気高い宣戦布告。
私は、何も言えなかった。ただ、その美しい挑戦者の瞳を、じっと見つめ返す。
(…そうか。あなたは、ずっと私だけを見ていてくれたのか)
そのどうしようもない事実が、私の凍てついた心の氷を、ほんの少しだけ溶かしてくれたような気がした。
私たちは、しばらく見つめ合ったまま、動けずにいた。
窓の外の東京の夜景が、そんな不器用な私たちを、ただ静かに見下ろしていた。




