東京の夜
私の東京での一週間。その本当の戦いが、今、確かに幕を開けたのだ。
その日の「ランキング戦」は、その後、波乱の展開を見せていた。
私という絶対的な「魔女」が玉座に座ったことで、二番台を巡る戦いはこれまで以上に熾烈を極めたのだ。
誰もが私への挑戦権を求めて、火花を散らす。
しかし、その日の練習が終わるまで、ついに一番台にたどり着いた挑戦者は、三年生たちだけだった。
部長も、小笠原さんも、互いに潰し合い、あるいは他の三年生の意地に阻まれ、あと一歩のところで涙をのんだのだ。
練習が終わり解散となった後。
私が一人体育館を後にしようとすると、背後から二つの足音が駆け寄ってきた。
部長と、小笠原さんだった。
「お疲れさま、しおりさん」
「よお、しおり、お疲れさん!」
部長と小笠原さんは、まだまだ体力が有り余っているようだった。
「…お疲れ様です、二人とも」
心地よい疲れを感じながら、私も挨拶を返す。
「いやー、強かったな、うちの三年生。…結局、今日はお前のとこまで行けなかったぜ」
悔しそうに、しかしどこか楽しそうに、部長が笑う。
その隣で、小笠原さんが少しだけ不機嫌そうに提案した。
「…私も行けなかったけど、まあいいわ。今日は終わりだし。それよりしおりさん。せっかく東京に来ているんだから、少し遊んでいきましょう。高校生らしい遊びをね」
その言葉に、私は少しだけ戸惑った。
「高校生らしい、遊び…ですか?」
……私はまだ中学生なんだけど。
「ええ。あなたも猛も、卓球漬けでそういうのと無縁だったでしょう?、私が直々に、東京の夜を案内してあげる。感謝してよね」
私たちは電車に乗り、若者たちで溢れかえる渋谷の街へと降り立った。
色とりどりのネオン。
巨大なスクリーンに映し出される映像。
そして、鼓膜を揺らす音楽と喧騒。
それは、私の知らない全く別の世界のようだった。
「すごい…」
私が呟くと、隣で同じように目を丸くしている人間がいた。
部長だった。
「…お、おう…。すごいな、東京は…」
「あなたまで何驚いているのよ、猛」
小笠原さんが、呆れたように言う。
「……こっち来てから、ずっと練習漬けで遊んでなかったからな」
彼の、孤独な一年間。
その言葉に、私は彼の背負ってきたものの重さを、改めて感じていた。
小笠原さんが私たちを案内したのは、ゲームセンターだった。
クレーンゲーム、音楽ゲーム、そして対戦格闘ゲーム。
その全てのゲームで、彼女は驚異的な才能を発揮していた。
特に音楽ゲームの腕前はプロ級で、彼女がプレイを始めると、周りにはいつの間にか人だかりができていた。
その光景を、私と部長はただ呆然と眺めているだけ。
「……屋上のことといい、なんだか俺たち、今日一日で二回もプライド折られてないか?」
「…同感です、部長」
その夜。
私たちはファストフード店でハンバーガーを頬張りながら、笑い合っていた。
今日の試合のこと。
そして、これから始まる未来のこと。
それは、私が今まで経験したことのない、あまりにも普通で、そして温かい放課後の時間だった。
東京の夜は、私が思っていたよりも、ずっと優しく、そして賑やかな色をしていた。




