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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 三回戦

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異端 vs 正統

 …高坂まどか。


 初見での対応力、ドライブの質、共に高いレベル。


 私の基本的な変化パターンは、既にある程度研究されていると見た方がいい。


 ならば、こちらも序盤から、より予測の難しい、あるいは彼女の「正統派」の卓球が最も嫌うであろう「異端」をぶつけていく必要がある。


 次の私のサーブ。


 私は、先ほどの横下回転サーブとは異なり、ラケットをスーパーアンチの面に持ち替え、モーションを極限まで小さくし、ネット際に低く、そして回転の全くないナックルサーブを送り込んだ。


 コースは、高坂選手のフォア前。ドライブ強打を警戒して台から少し距離を取ろうとする彼女の動きの、逆を突く意図だ。


 高坂選手は、その短いナックルサーブに対し、素早く前進し、ラケット面を慎重に合わせる。


 しかし、回転のないボールの処理は、たとえ強者であっても難しい。


 彼女の返球は、ふわりと浮き、ネットをギリギリ越えるだけの、甘いチャンスボールとなった。


 …来た。


 私は、その浮き球を見逃さない。


 一瞬で裏ソフトの面に持ち替え、コンパクトなスイングから、高坂選手のバックサイド深くに、鋭いスマッシュを叩き込んだ。


 パァン!と乾いた打球音が響く。


 静寂 1 - 1 高坂


 …ナックルサーブからのスマッシュ。


 基本的な戦術だが、相手のレベルが高いほど、その精度と、持ち替えによる球質の変化が重要となる。


 しかし、高坂選手は、この失点にも表情を崩さない。


 彼女の纏うクリアな思考は、ほんのわずかに揺らいだだけで、すぐに平静を取り戻す。


 そして、彼女のサーブ。


 放たれたのは、回転量の多い、しかしスピードもあるハーフロングのサーブ。


 私のバックサイド、サイドラインぎりぎりを狙ってくる。非常に質が高い。


 私は、それをスーパーアンチで、あえて強めにプッシュ気味に返球した。


 ボールはナックルとなり、直線的に相手コートへと飛ぶ。


 高坂選手は、そのナックルプッシュに対し、体勢を崩さずにしっかりと踏み込み、フォアハンドで強烈なドライブをかけてきた。


 ボールは、私のフォアサイドへと唸りを上げて飛んでくる。


 …やはり、ナックル処理が上手い。


 恐らく、アンチラバーや表ラバーとの対戦経験も豊富にだろう。


 そして、処理した後、即座に自分の得意なドライブに繋げる、その一連の一手の完成度がとても高い。


 私は、そのドライブに対し、再びスーパーアンチでブロック。今度は、ボールの威力を完全に殺し、ネット際に短く落とす「デッドストップ」を試みた。


 しかし、高坂選手のドライブの回転が強烈だったためか、あるいは私のコントロールが僅かに甘かったのか、ボールはネットを越えたものの、先ほどよりも少しだけ高く、そして彼女のフォア前に落ちた。


「せぇや!」


 高坂選手は、そのボールを見逃さなかった。鋭い踏み込みから、コンパクトなスイングで、私のバックサイドを狙った痛烈な流し打ち。


 静寂 1 - 2 高坂


 …デッドストップの精度、要調整。彼女のドライブの回転量と質は、これまでの対戦相手とは一線を画す。


 私の「異端」な変化も、彼女の「正統派」の技術と精神力の前では、容易には通用しない。


 試合は、一進一退の攻防となった。


 私がアンチラバーで変化をつければ、彼女は冷静に対応し、質の高いドライブで反撃してくる。


 私が裏ソフトで攻撃を仕掛ければ、彼女は安定したブロックとカウンターで応戦する。


 私の持ち替えにも、彼女は必死に食らいつき、簡単にはタイミングを外されない。


「しおりちゃん…!相手、本当に強いね…!でも、しおりちゃんの卓球も、絶対負けてないよ!」


 あかねさんの声援が、私の耳に届く。


 その声に含まれる純粋な信頼が、私の思考をクリアに保つ一助となる。


 部長も、腕を組みながら、厳しい表情で試合を見つめている。


「…しおりの奴、完全に格上相手に食らいついてやがるな。だが、ここからどう崩すかだ…」



 一進一退の攻防が続きゲーム中盤。


 静寂 5 - 6 高坂


 …点数はほぼ互角、このままでは体力差で不利、勝負に出るならここしかない。


 私は、ここで一つの「賭け」に出ることを決意した。


 それは、この試合で初めて見せる、そして最も「冒涜的」とも言えるかもしれない、私の新たな試み。


 高坂選手のサーブ。私のフォア側への、回転量の多いドライブ性のロングサーブ。


 …このサーブのパターン、そして彼女の次の攻撃コースの確率は…。


 私は、そのボールに対して、体を深く沈め、部長のあの力強いフォアハンドドライブを模倣するような、まるで裏ソフトを見せびらかすような、大きなモーションに入った。


 高坂選手の体が、強烈なカウンタードライブを警戒して、わずかに強張るのが見て取れた。


 しかし、インパクトの寸前。


 私は、ラケット面をスーパーアンチに持ち替え、ボールの威力を完全に殺し、そして、ラケットヘッドをほんのわずかに下に向け、ボールの真下を、撫でるというよりは「置く」ような、極めて繊細なタッチで触れた。


 リスク覚悟でデッドストップを試みる。


 ボールは、強烈なトップスピンのエネルギーを完全に吸収され、推進力を失い、そして、ネットの白帯に触れるか触れないかの、まさにその上を、コロコロと…まるで意思を持っているかのように転がり、相手コートへと、ぽとりと落ちた。


 それは、卓球台の物理法則を嘲笑うかのような、ありえない軌道。


 ドライブに対する、究極のネットイン。


「…………え?」


 高坂選手の口から、言葉にならない声が漏れた。彼女の冷静な表情が、初めて明らかに崩れ、信じられないものを見るような、驚愕と困惑の色に染まる。


 体育館のその一角だけが、時間が止まったかのような静寂に包まれた。


 静寂 6 - 6 高坂


 私の「異端」が、彼女の「正統」を、最も冒涜的な形で揺さぶった瞬間だった。

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