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異端の白球使い  作者: R.D
五月雨高校編

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化け物

 春の温かい風だけが、私たちの間を吹き抜けていった。


 その、永遠に続くかと思われた静寂を破ったのは、背後で乱暴に開かれた屋上のドアの音だった。


 そこに立っていたのは、腕を組み、心底呆れ果てたという顔をした、凛月さんだった。


「――猛!やっぱりここにいたのね!監督も部長も、あなたたちのことを探していたわよ!」


 部長が「げっ」と、短い声を上げる。


 凛月さんは私に気づくと、さらに眉間の皺を深くした。


「しおりさんまで…。二人して何をやってるのよ、こんなところで。さあ、行くわよ!」


 彼女は有無を言わせぬ口調で私たちを促し、そして体育館へと向かう。


 そこで私は、初めて五月雨高校卓球部の練習風景を目の当たりにした。


(…速い)


 第五中学とは、レベルが違う。


 ボールの速度、フットワークの精度、そして何よりも、一人一人が放つ闘気の密度。


 ここが、全国屈指の強豪校。


 体育館に入ると、二人の男性が私たちの元へと歩み寄ってきた。


 一人は、部長よりもさらに大きな体躯をした、三年生の部長。


 そして、もう一人は全てを見透かすような鋭い目をした、監督だった。


 挨拶を済ませると、その三年生の部長が興味深そうに、私を値踏みするように見た。


「…君が、あの静寂しおりか。猛から話は聞いている」


「…と、言いますと?」


「『俺の中学に、本物の化け物がいた』ってな。入学時点でも猛は化け物みたいだったが…、だがまさか、君のような子が、その猛よりも格上の化け物だとは」


 化け物。


 その言葉に、私はぴくりと反応した。


 そして、隣に立つ部長をじっと見つめる。


 私のその氷のように冷たい視線に気づいた彼は、顔を真っ青にさせ、大げさに両手を振った。


「お、俺は何も言ってないぞ!?ただ、お前はすごい奴だって…!」


 その、あまりにも分かりやすい狼狽ぶり。


 その絶体絶命の窮地を救ったのは、凛月さんのとっさの一言だった。


「そ、そうそう!猛が言っていたのは、あなたを超えるための、猛自身の練習量が化け物じみていたという話よ!ねえ、猛!」


「お、おう!そうだ、それだ!俺の練習量が化け物だったんだ!ははは…」


 その、あまりにもぎこちない言い訳。


 私はふっと息を吐き、そしてそれ以上彼を問い詰めるのをやめた。


 その代わりに、私は目の前にいる五月雨高校の部長と監督に向き直り、そして静かに一礼した。


「…静寂しおりです。今日から一週間、お世話になります」


 私の、そのあまりにも堂々とした態度。


 そして、その裏で繰り広げられた私たちの不器用なやり取り。


 その全てを、五月雨高校の監督が、面白い生き物を観察するような目でじっと見つめていたのを、私は見逃さなかった。


 私の東京での一週間は、どうやら退屈せずに済みそうだった。

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