別世界の街並み
その不器用な肯定の言葉。
私の胸の奥が、温かくなった。
そうだ。私たちはもう、あの悲しい銀河鉄道の乗客ではない。
私たちは今、確かにこの地上に立っているのだから。
この、最高の好敵手と共に。
私たちはそれきり、何も話さなかった。
ただ二人並んで、フェンスの向こう側に広がる景色を眺めていた。
私達の故郷である、北の町とは全く違う風景。
空へと突き出すようにそびえ立つ、ガラス張りのビル群。
アスファルトの隙間から立ち上る熱気と、そしてどこか乾いた排気ガスの匂い。
ここが、東京。
(…本当に、別世界ですね)
その、あまりにも巨大で無機質な光景に、私はただ圧倒されていた。
その私の横顔を見ていたのだろうか。
不意に、部長がぽつりと呟いた。
「…お前も、意外と景色とか気にするんだな」
その言葉に私が彼の方を見ると、彼はどこか遠い目をして言った。
「俺がちゃんとこの景色を見たのは、いつだったかな。…ああ、そうだ。お前に活を入れてもらった、あの年明けの後だったな」
彼は、自嘲するように笑う。
「それまでは何度もこの屋上に来ていたんだぜ。…でもな、景色なんて一度も見たことなかった。下を向いて自分のことばかり考えてて、周りを見る余裕なんて全くなかったんだ」
その言葉。
彼の、あの暗く、そして孤独だった一年間が、そこにはあった。
彼は、続けた。その声は、もう穏やかだった。
「…でも、今は違う。ちゃんと見える。空の青さも、ビルの形も。…不思議だよな。同じ場所に立っているのに」
彼は私に向き直り、そして少しだけ悪戯っぽく笑った。
「別世界みたいだよな」
その言葉。
彼は自らの「心の変化」を、そう表現した。
しかし、それは私にとってもまた、真実だった。
故郷を離れ、この東京という巨大な迷宮に足を踏み入れた私。
その私にとっても、ここはまさしく「別世界」だ。
私たちは、違う意味で、同じ言葉を口にしていた。
その奇妙な一致に、私の口元から思わず笑みがこぼれた。
私たちは、ただ並んで、その新しい「別世界」の景色を、いつまでも眺めていた。
春の温かい風だけが、私たちの間を吹き抜けていった。




