もう一つの銀河鉄道
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
私の、長くて暗い「銀河を巡る鉄道の旅」は、今、確かに終わりを告げたのだ。
新しい光と共に。
放課後。
私は一人、屋上で冷たい風に当たっていた。
教室での、あの感情の爆発。その熱を冷ますように。
背後で、ゆっくりとドアが開く音がした。
そこに立っていたのは、部長だった。
彼は気まずそうに頭をかきながら、私の隣に立った。
「…聞いたぜ。今日の国語の授業」
「…卓球部の高橋くんから、ですか?」
「ああ。…お前らしい大立ち回りだったそうじゃねえか」
そのからかうような言葉の裏に、優しい響きがあった。
彼は、遠くの空を見つめながら言った。
「…あの授業な。俺たちの時もやったぜ。毎年やってるらしいんだよ、あそこの先生」
「…そうだったんですか」
「ああ。…だから、覚えてる。俺が、あの話を聞いた時のことをな」
彼の声のトーンが、少しだけ変わった。
それは、遠い過去を懐かしむ声だった。
「…あの時の俺はな。お前の事件の後で、もうめちゃくちゃだった。周りを見る余裕もなくて、ただ自分を責めて、自分を追い詰めて…。そんな時だったんだ」
私は、黙って彼の言葉を聞いていた。
「そんな俺が、あの話を聞いたらどうなるか。…分かるか、しおり」
彼は私に向き直り、そして告白したのだ。
彼だけの、もう一つの『銀河鉄道の夜』の物語を。
「…あの時の俺にはな。…カムパネルラが、お前に見えたんだ」
「え…?」
「一年前のお前だよ。目的のためなら、自分がどうなろうと構わない。全てを犠牲にしてでも、ただまっすぐに突き進む。…あの自己犠牲を美しいと信じて疑わないカンパネルラの姿が、痛いほどお前と重なった。まあ、お前自身がそれを美しいと思ってたかは、知らねえけどな」
彼の、その言葉に、私は息をのんだ。
「そして、ジョバンニは俺だった」
「親友が自分を犠牲にして、手の届かない場所へと行ってしまった。そして、自分は何もできずにただ取り残される。その絶望と罪悪感。…あの時の俺には、ジョバンニの気持ちが痛いほど分かったんだよ」
その、あまりにも悲しい告白。
そうか。
あなたは、そんな風に私を見ていたのか。
そして、それほどまでに、一人で苦しんでいたのか。
私は、何も言えなかった。
ただ、彼のその不器用な魂の告白を、受け止めるだけで精一杯だった。
私たちは同じ物語を読んでいながら、全く違う景色を見ていたのだ。
「…でも、まあ」と、彼は照れくさそうに笑った。
「お前が今日、先生に言ったんだってな。『生き続けるべきだ』って。…そん時は、俺もジョバンニじゃなくて、お前と同じ気持ちだったぜ」
その言葉。
その、不器用な肯定。
私の胸の奥が、温かくなった。
そうだ。
私たちはもう、あの悲しい銀河鉄道の乗客ではない。
私たちは今、確かにこの地上に立っているのだから。
この、最高の好敵手と共に。




