南の十字架
予感が、私の心を黒い霧のように覆い始めていた。
先生の解説は、そんな私の心などお構いなしに、先へと進んでいく。
汽車は、いよいよ旅の終着点である、南十字へと近づいていく。
「――ここで汽車には新しい乗客たちが乗ってくる。赤い帽子をかぶった家庭教師と、可愛らしい姉弟だ。彼らは、氷山に衝突して沈んだ客船の乗客だったんだね」
氷山。沈んだ客船。
その言葉が、私の胸に突き刺さる。
(…死者…?)
先生は、続ける。
「彼らは神様の元へと向かう途中なのだと言う。そして、車窓にあの南十字の十字架が白く燃えるように輝くのを見て、皆で神への祈りを捧げ始めるんだ。『ハレルヤ、ハレルヤ』と」
その、あまりにも荘厳で、そして物悲しい光景。
教室の誰もが固唾をのんで、先生の言葉に耳を傾けている。
「その祈りの中で、乗客の少女がこう言うんだ。『もうじき本当の天上へ着くわ。あたしのお母さん、あたしが許されるようにって、神さまにお祈りして下さったわ』と」
その言葉。
それを聞いたカムパネルラが、ついにその心の内を吐露する。
先生が、その一節を読み上げた。
「『僕のお母さんは、僕を許してくださるだろうか』」
その瞬間。
私の頭の中で、これまで集めてきた全ての違和感という名のピースが、一つの恐ろしい絵を完成させた。
「本物の切符」を持たない、ジョバンニ。
「地図」を持ちながらも、どこか悲しげだった、カムパネルラ。
「死」を美化し続ける、この物語の構造。
そして、この死せる魂たちとの、出会い。
最後に、この「赦し」を求める、言葉。
(…ああ…)
(…そうか。そういうことか…)
私は、全てを理解してしまった。
残酷なまでにクリアになった思考が、答えを導き出す。
カムパネルラは、すでに死んでいる。
そうだ。彼は冒頭でザネリを助けるために川に飛び込み、そして命を落としたのだ。
この汽車は、幻想の旅ではない。
これは、死せる魂を天上へと運ぶ、葬送の列車だったのだ。
正規の切符を持つカムパネルラは、その乗客。
そして、切符を持たない私は、ただ親友との最後の別れのために、この旅に迷い込むことを「許された」だけの、異邦人。
その、あまりにも残酷な真実。
私の魂は、もはや完全にジョバンニと一体化していた。
親友の死を突きつけられた、彼のその計り知れない絶望と孤独。
それが、まるで自分のことのように、私の胸を引き裂く。
私は、冊子の上で固く拳を握りしめた。
爪が手のひらに食い込む痛みさえ感じない。
これから始まる、本当の「訣別」の時を、ただ呆然と待つことしかできなかった。




