偽物の切符
ただ、この物語の本当の結末を見届けなければならないという義務感だけが、私の心を支配していた。
「――さて、汽車は北十字を出発し、さらに南へと進んでいきます」
先生の声が、再び現実へと私を引き戻す。
「そして、ここで一人の背の高い検札係が、車内を回ってくる」
先生は、そこからの出来事をあらすじ程度に説明し始めた。
乗客たちが次々と、不思議な切符を提示する。
りんどうの花びらでできた切符。
茶色く焼かれたパンのような切符。
「その光景を見て、ジョバンニははっとする。自分は切符を持っていない、とね。彼は真っ青になってポケットの中を探すが、もちろん、何も出てこない」
(…当然だ)
私の心の中で、氷の私が静かに呟く。
(あなたは、そもそもこの汽車に乗るはずの人間ではないのだから)
「検札係がついにジョバンニの前に立つ。彼がもうダメだと思った、その瞬間。ポケットの中で、一枚の緑色の四つ折りの紙があるのを見つけるんだ」
「そして、検札係はそれを見て、不思議そうな顔でこう尋ねる」
先生が、その奇妙なセリフを読み上げる。
「『これは、三次空間からお持ちになったのですか?』」
(…さんじくうかん…?)
私の思考が、初めて未知の単語にぶつかる。
(三次元空間。つまり、私たちが今生きている、この現実世界のことか…?)
「ジョバンニは答えられない、まず、この切符のようなものがなぜ自分が持っているかを知らないから。すると検札係は、その紙を恭しく彼に返しながらこう言うんだ。『これは実に、もうほんとうの天上へさえ行ける切符です』と」
その言葉を聞いた周りの乗客たちが、一斉にざわめき始める。
先生が、その乗客たちの声を代弁する。
「『こいつはたいしたもんだ。ほんとうの天上どころじゃないぜ。どこでも勝手に歩ける通行手形なんだ』」
「『なるほど、これを持ってるんなら、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこへだって行けるはずだ』」
その、言葉の洪水。
私の頭の中は、完全に飽和状態だった。
クラスの誰もが、その奇跡的な展開に安堵している。
しかし、私の心は真逆だった。
私の背筋を、冷たい汗が伝う。
(…違う。私の仮説は、全て間違っていた)
あの紙は、おそらく偽物。
それでも、この世界の理さえも超越する、異常な力を持つ異世界の切符。
そして、ジョバンニはただの「密航者」ではなかったのだ。
(彼は、この世界の外から来た人間)
(そして、その手に持つ通行手形は、この「不完全な幻想」である銀河鉄道のルールさえも超越する)
(…彼は、一体、何者…?)
私の思考は、さらに深い問いへと沈んでいく。
(なぜ、ただの孤独な少年であるはずの彼が、こんなものを持っている?)
(そして、この汽車が「不完全な幻想」だというのなら、本当の「完全な世界」は、どこにあるというのだろう…?)
私は冊子から目を上げ、そして何も知らずに微笑むクラスメイトたちを見つめた。
この物語の謎は、私が思っていたよりも遥かに深く、そして広大だ。
その絶対的な孤独感と、そしてかすかな知的な興奮だけが、私の心を支配していた。




