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異端の白球使い  作者: R.D
五月雨高校編・銀河を巡る鉄道の栞

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星降り祭

 五時間目の国語の授業が、始まりを告げる。


 今日の題材は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』。


 先生が配ってくれた冊子に目を落とすと、そこには「ケンタウル祭の夜」という章のタイトルがあった。


「――さて、主人公ジョバンニがいかにして銀河鉄道に乗ることになったのか、その導入部を見ていこう」


 先生の穏やかな声が教室に響く。


「彼は病気の母親と二人暮らしの貧しい少年だ。父親は遠い漁に出たきり帰ってこない。…その日はケンタウル祭と呼ばれるある祭りの日だった、その日彼は寂しげな口笛を吹きながら、(ひのき)の真っ暗に並んだ街の坂を降りていく…」


 その情景を聞きながら、私の心は少しずつ、その灰色の世界へと引き込まれていく。


 その時、先生がクラスメイトの一人に、冊子に書かれたセリフを読ませた。


 それは、ジョバンニの同級生、ザネリの残酷なからかいの言葉だった。


「『やあい、ジョバンニ。らっこの上着が、来るよ』」


 その言葉。


 帰ってこない父親を揶揄(やゆ)する、あまりにも無邪気で悪意に満ちた一言。


 私の胸が、ちくりと痛んだ。


(…分かる。その言葉の棘が、どれほど痛いか)


 先生は、続ける。


「ジョバンニは心の中でこう呟くんだ。『どうして、ぼくがなにもしないのに、あんなことをいうのだろう』と。…そして彼は、町の灯りから目を逸らし、星座早見表を見つめ、そして思う。『ああ、あのそらの中を、どこまでも歩いてみたい』とね」


 その、あまりにも切実な現実逃避の願い。


 その気持ちは、痛いほど分かった。


 私もまた、そうだったから。


 先生の解説は、ジョバンニが牛乳屋へと向かう場面へと移る。


「彼は病気のお母さんのために牛乳をもらいにいく。しかし、店主は具合が悪く、『今日はもうないから、明日にしてくれ』と彼を突き放すんだ」


「ジョバンニは食い下がる。『母さんが病気だから、今日ないと困るんです』と。…しかし店主は冷たく『それなら、あとでまた来てくれ』と言うだけ。…そして、その帰り道だ」


 先生の声のトーンが、少しだけ落ちる。


「彼は再びザネリたちに出会ってしまう。そして、またこう叫ばれるんだ。『ジョバンニ、らっこの上着が来るよ』と」


「そしてジョバンニは、もう耐えきれずに、逃げるように黒い丘の方へと走っていくんだ」


 その光景。


 病気の母親という重荷を背負い、


 大人の世界からは突き放され、


 そして同級生からは、無邪気な悪意で石を投げつけられる。


 その、どうしようもない四面楚歌の中で彼が選べた、たった一つの道。


 それは、暗い丘の上へと逃げ出すことだけだった。


 私の心臓が、大きく脈打った。


 それは、もはや共感ではない。


 追体験だった。


(…そう。…そうだ)


(世界が牙を剥く時、私たちが逃げ込める場所は、いつだって冷たくて暗い、丘の上だけだった)


(そして、その丘の上で、私たちは星空を見上げるしかないのだ)


 私は冊子から目を上げ、窓の外の青い空を見つめた。


 私の魂は今、確かにジョバンニと共に、あのケンタウル祭の夜の、暗い丘の上に立っていた。


 これから始まる、奇跡と、そして絶望の旅路を、共にするために。

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