過去からの弾丸
その穏やかで、そして温かい昼休み。
それは、私が初めて経験する「普通の生徒」としての時間だったのかもしれない。
そのささやかな幸福を、私はただじっと噛み締めていた。
話の中心は、自然と卓球のことになっていた。
私に最初に話しかけてきた快活な男子生徒――確か、高橋くんと言ったか――が、興奮した口調で続ける。
「…そういえば、しおりさん。一個聞いてもいい?」
「はい。何でしょう」
「どうして二年生の時、中学大会に出てなかったの?俺、第五中学のことずっとチェックしててさ。しおりさんのことめちゃくちゃ応援してたのに、名前がなくてがっかりしたんだよなー」
その、何の悪意もない、純粋なファンの問い。
しかし、その言葉は弾丸となって、私の心の最も柔らかい部分を撃ち抜いた。
一年間、眠り続けていたあの暗闇。
仲間たちが苦しんでいた、あの時間。
その全ての引き金となった、あの事件。
私の顔から、表情が消え失せる。
瞳の奥で、氷が静かに広がっていくのが分かった。
私のその急激な変化に、高橋くんも周りの生徒たちも息をのむ。
しまった、という顔をしている。
その張り詰めた空気を救ったのは、高橋くんの慌てたような次の一言だった。
「あ、いや、ごめん!変なこと聞いて!…そういえばさ、同じ第五中学出身の猛先輩も、この学校入ってから去年の高校大会、出てなかったらしいんだよな。二人とも何か事情でもあったのかなって、ただ思っただけでさ…!」
猛先輩。
その名前に、私の心の氷がほんの少しだけ溶ける。
そうだ。彼もまた、同じ痛みを背負っていた。
私の目付きが、少しだけ和らぐ。
「…部長が、出ていなかったのですか?」
「そうなんだよー」と、彼は安心したように話を続けた。「もったいないよなー。二人とも出てれば、絶対いいところまで行けただろうに」
私は、静かに呟いた。
それは彼に、そして私自身に言い聞かせる言葉だったのかもしれない。
「…そうですね。…もったいない、と、思います」
その時だった。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いたのは。
生徒たちが慌てて自分たちの席へと戻っていく。
私の周りには、再び静寂が訪れた。
私は一人、窓の外を見つめながら思考していた。
(…なぜ、部長は大会に出なかったのだろう)
(…やはり彼もまた、あの過去に、強く強く囚われていたのか)
その新しい問いが、私の心の中に重くのしかかってくる。
私の東京での一週間は、ただの強化合宿では終わらないのかもしれない。
その予感だけが、私の胸をざわつかせていた。




