東京への招待状
五月の風が、体育館の窓を揺らす。
私の、自分に科した、地獄のような個人レッスンが始まってから一ヶ月。
私の肉体はまだ悲鳴を上げてはいたが、その動きは明らかに、かつての切れ味を取り戻しつつあった。
その日の練習終わり。
橘コーチが、部員全員を集めた。
その表情は、いつになく真剣だった。
「――全員に、報告がある」
彼が読み上げたのは、一枚のFAX用紙だった。
その差出人の名前に、体育館がどよめいた。
東京・五月雨高校卓球部。
猛先輩が進学した、あの全国屈指の超強豪校からの、公式文書だった。
「…五月雨高校より、我が部に一週間の合同強化合宿の申し入れがあった」
「ただし、対象は部全体ではない」
橘コーチの視線が、まっすぐに私を射抜いた。
「静寂しおり、ただ一人。君を、名指しでの招待だ」
静寂。
部員たちが、息をのむ気配がした。
私は、静かに問い返した。
「…なぜ、私が?」
「推薦者は、猛だそうだ」と、コーチは言った。
「彼が向こうの監督に話したらしい。『俺の中学に、本物の怪物がいる』とね。…どうやら、その『怪物』の顔を一度拝んでみたい、ということらしい」
それは、招待ではない。
挑戦状だ。
私のその異質な力が本物なのかどうか、それを試すための。
あかねさんが、心配そうに私の顔を覗き込む。
「で、でも、しおりちゃん、まだ学校が…!」
「その点もクリアしている」と、コーチは続けた。
「猛が事前に、両校の校長にまで話を通してあった。特例として、君には一週間の『教育実習』としての公欠が認められる」
(…あの部長が、そこまで…)
部長には、校長を脅してある程度の融通をとれることを話していない。
それなのに、わざわざ校長を通してまで、私に招待状を送ってきたのだ。
彼の、不器用で、しかしどこまでもまっすぐな想い。
それが、私の背中を押した。
私は、一歩前に出た。
そして、橘コーチに、そして心配そうに私を見つめる仲間たちに、宣言した。
その声には、一切の迷いもなかった。
「…分かりました。その挑戦、お受けします」
「第五中学の卓球が、そして私の力が本物かどうか。その目で、確かめていただかなくてはなりませんから」
私の、新しい戦い。
その最初の舞台は、東京。
かつての覇者が待つその場所で、私がこの一年間で手に入れたものの全てを、試すのだ。
その静かな決意を胸に。
私は数日後に迫った旅立ちの準備を始めるために、仲間たちに一礼し、そして体育館を後にした。
東京の空は、どんな色をしているのだろうか。
その答えを見つけ出す旅が、今、始まろうとしていた。




