不思議な関係
放課後の体育館は、以前の灰色の空気を完全に払拭し、新しい熱気に満ちていた。
「そこ、足が止まってるぞ!」「もっと腰を落とせ!」
橘コーチの鋭く、しかし的確な指示と、時折混じる桜さんの力強い檄が、若い選手たちの闘志に火をつけている。
そして、その全てをまとめるように、新しい部長となったあかねさんが、 コート全体を見渡し、声を張り上げていた。
第五中学卓球部は、新しい風が入り、歯車が力強く回り始めていた。
その体育館の扉を、私はれいかさんを伴って、静かに開けた。
私たちの姿に気づいた部員たちが、一瞬動きを止め、そして会釈をする。その視線には、もう好奇や憐れみはない。ただ、静かな敬意だけがあった。
「あ、しおりちゃん!」
いち早く気づいたあかねさんが、笑顔で駆け寄ってくる。
そして、私の顔を見るなり、楽しそうに、しかしどこか不満げに頬を膨らませた。
「もう、しおりちゃん!今日の給食、たべるの早すぎるよー!私、まだ話したいことあったのに!」
その、いつも通りの太陽のような笑顔。
しかし、私の後ろにいるれいかさんの姿を認めた瞬間、その笑顔が、ふっと消えた。
声の温度が、数度下がる。
「…その子、どうするの?」
その、あからさまに他人行儀な、冷たい問いかけ。
れいかさんの肩が、びくりと震える。
私が何かを言う前に、れいかさん自身が、一歩前に出た。
「…私が、勝手に、ついてきたの」
彼女は、俯きながらも、必死に言葉を紡ぐ。その声は、まだか細い。
「…私に、何ができるのか、分からない。…けど、しおりさんの怪我くらいなら、私、見れるから…。だから…」
その、あまりにも必死な、しかし誠実な申し出。
あかねさんは、しばらく黙ってれいかさんを見つめていたが、やがて、ふいと顔をそむけ、大きなため息をついた。
「…まあ、いいや。しおりちゃんがいいなら」
そして、れいかさんにに向き直り、少しだけ棘のある声で言った。
「任せるからね。ちゃんと考えなよ」
その言葉は、れいかさんへのわずかな信頼であり、同時に、まだ消えない彼女の痛みの表れだった。
私は、静かに頷いた。
「そっちは任せたよ、あかねさん」
私は、そう言って、一人、卓球台の隅に置かれたマシンへと向かう。
スイッチを入れると、機械的な音と共に、白いボールが規則正しく、私の元へと放たれ始めた。
パァン、パァン、と、乾いた打球音が、体育館に響き渡る。
私は、ただ無心に、そのボールを打ち返し続けた。
私のリハビリ。
そして、あかねさんとれいかさんの、リハビリ。
私たちの、それぞれの戦いは、まだ始まったばかりなのだから。
その全てを見守るように、マシンの無機質なリズムだけが、熱気を取り戻した体育館に、静かに、そして力強く、響き続けていた。




