ぎこちない絆
あの日、富永先生の診察室で全てが終わり、そして全てが始まったあの夜から、数日が過ぎた。
私は、いつものように、一人学校へと向かう。
冬の朝の空気はまだ冷たい。しかし、その冷たさが心地よかった。
通学路の曲がり角を曲がった時。
そこに、見慣れない人影が立っていた。
れいかさんだった。
彼女は私に気づくと、びくりと肩を震わせ、そしておずおずと頭を下げた。
「お、おはよう…しおり、さん」
「…おはようございます、れいかさん」
気まずい沈黙。
私たちは、ぎこちなく並んで歩き始めた。
彼女が、私に話しかけてくる。その声は、まだ少しだけ震えていた。
「…あの。…もし学校で、何かあったら言ってね」
「何か、ですか?」
「うん…。その、気分が悪くなったりとか…怪我したりとか。私、昔からお姉ちゃんがしょっちゅう無茶して怪我してきてたから、手当てには少しだけ慣れてるんだ」
その言葉。
私の思考が、一つの疑問にたどり着く。
「…桜さんが、怪我を?」
あの完璧な、常勝学園の女王が?
私のその意外そうな顔に、れいかさんは初めて、ほんの少しだけ困ったように笑った。
「うん…。卓球のことになると、周りが見えなくなっちゃう人だから」
「あなたと同じだよ。無茶してボールに飛びついて、台や床に体を打ち付けて。だから、打撲とか擦り傷とか、いつも絶えなかったんだ」
その言葉。
私と桜さんが、同じ。
そのあまりにも意外な事実に、私の口元から思わずくすりと笑みが漏れた。
私のその笑みにつられて、れいかさんの表情も少しだけ和らぐ。
そうだ。
私たちは、似ているのかもしれない。
卓球というものに魂を囚われてしまった、どうしようもない人間、という点において。
その時だった。
私とれいかさんの間に、初めて温かい空気が流れた、その瞬間。
私たちは、気づいていなかった。
私たちの数十メートル後ろを。
あかねさんが一人、複雑な表情で立ち尽くしていたことには。
その瞳に宿っていたのは、戸惑いと、ほんの少しの寂しさ。
そして、まだ消えやらぬ、れいかさんへの、かすかな「不信感」。
彼女の心の中の嵐は、まだ完全には止んではいなかったのだ。
私たちの新しい一日は、また別の物語の始まりを、静かに告げていた。




