贖罪の到達点
私たちは無言のままタクシーに乗り込んだ。
家の前に着くまで、そして家に入って自室のドアを閉めるまで。
私の頭の中は、ずっとしおりさんのあの静かな声が響き渡っていた。
『生きるのも、死ぬのも、どっちでもよかった』と。
私はベッドの上で体育座りをしたまま、その言葉の重さを反芻していた。
私が嫉妬し、憎み、そしてこの手で殺そうとした、あの少女。
彼女は、私と出会うずっと前から、もう地獄の中にいたというのか。
私が奪おうとしたその命は、彼女にとっては絶対的な「光」ですらなかったというのか。
その事実に、私の胸は張り裂けそうだった。
(…助けたい)
心の底から、声がした。
(あの、あまりにも不器用で脆い、ガラスのような彼女を)
(今度こそ、私が助けたい)
それはもう、かつてのような独善的な正義ではない。
ただ、ひたすらに彼女の隣に「寄り添いたい」という、純粋な願いだった。
ガチャリ、と静かに部屋のドアが開く。
お姉ちゃんだった。
彼女は私の隣にそっと腰を下ろし、そして優しい声で尋ねた。
「…どうだったの、しおりさんは」
私は顔を上げた。
そして、姉の瞳をまっすぐに見つめ、告げたのだ。
私の、新しい決意を。
「…お姉ちゃん。私、しおりさんと、友達になりたい」
「…ええ」
「難しいかもしれないけど…。あの子がもう二度と、『死んでもいい』なんて思わないように。私が、隣にいてあげたい」
「感情が戻ってきても、きっとあの子は不器用なままだから。…だから、今度は私が彼女を支えたい」
私のその言葉。
お姉ちゃんは何も言わずに、ただ優しく相槌をうって聞いてくれていた。
そして、私が全てを話し終えるのを待って、静かに微笑んだ。
その笑顔は、どこまでも温かかった。
「…そう。…大丈夫よ、きっと」
「相手が、しおりさんなら」
その言葉の本当の意味を、今の私にはまだ理解できない。
しかし、その姉の絶対的な信頼の言葉が、私の背中をそっと押してくれた。
私は、自分の手を見つめた。
かつて罪を犯した、この手。
でも、今は違う。
この手で、私は彼女を守るのだ。
その資格が私にあるかどうかは分からない。
でも、それこそが、私が見つけ出した、唯一の「贖罪」の形なのだから。
私の、長くて暗い夜が、ようやく明けようとしていた。
しおりという名の、新しい、そしてあまりにも儚い光と共に。




