私が決める
「――私が、決めます」
その、か細い、しかし凛とした声が、静まり返った体育館に響き渡る。
体育館の全ての視線が、床に座り込んだままの私へと注がれる。
私は、れいかさんの手を借りながら、ゆっくりと体を起こした。
「私の体の使い方は。私の命の燃やし方は」
「私が、決めます」
その言葉を言い終えた瞬間、私の体からふっと力が抜けた。
バランスを崩し、後ろへと倒れ込む。
しかし、その体をれいかの小さな体が必死に受け止めてくれた。
「危ないっ…!まだ、無理しちゃダメだって…!」
その悲痛な声に、私は力なく笑みを返す。
「…ありがとう、れいかさん」
私は彼女に支えられながら、再びコーチと仲間たちに向き直った。
そして、静かに語り始める。
それは、私の魂の告白だった。
「私の技は、一人で磨いてきました」
「そして、あなたが『才能』と呼ぶこの観察眼も、私にとっては忌むべき後遺症のようなものです」
その言葉に、橘コーチの目が見開かれる。
「私に生まれながらの才能なんてなかった。この力は、私が生き延びるために身につけた、ただの醜い傷跡です」
「でも」と、私は続けた。その声には、絶対的な意志が込められていた。
「たとえそうであったとしても。この傷だらけの体でどう戦い、そしてどう終わるのか。その選択権だけは、誰にも譲れません」
私は、橘コーチを真っ直ぐに見つめた。
その瞳には、氷のような冷たさと、そしてほんの少しの皮肉が宿っていた。
「…あなたのボールの威力も回転も、私がシミュレーションしていた数値よりも遥かに低かった」
「正直に言って、今のあなたでは私の練習相手にもなりません」
「あなたはこの才能ある後輩たちの練習に付き合ってあげてください。私にはもう、必要ありませんから」
その、あまりにも残酷な宣告。
しかし、橘は怒りも落胆も見せなかった。
彼はただ静かに、そしてどこか楽しそうに笑った。
彼には分かったのだろう。
私のその言葉が、彼への「拒絶」ではなく、彼にしかできない「役割」を与えているのだということを。
「…いいだろう」
彼は、頷いた。
「部の強化は、この俺に任せろ。…君は、君のやり方で強くなってみせろ、静寂しおり」
その言葉を最後に、彼は一年生たちの方へと向き直った。
「さあ、お前ら!地獄の始まりだ!」
その声に、体育館は再び熱気を取り戻していく。
私は、その光景をれいかに支えられながら、静かに見つめていた。
そうだ。
私の戦いは、ここから始まる。
誰の助けも借りずに、たった一人で。
この不完全な体と、呪われた才能だけを武器に。
世界の頂点へと続く、そのあまりにも無謀で、そして孤独な道を、私は今、確かに歩き始めたのだ。




