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異端の白球使い  作者: R.D
贖罪の道筋

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問い

 れいかの、あまりにも手際のよい応急処置。


 私は呆然と、その光景を見ていた。


 私の知らない、妹の姿。そして、目の前で苦しそうに息を吐く、好敵手ライバルの姿。


 私の頭の中で、何かがプツリと切れる音がした。


 怒りだ。


 この状況を作り出した元凶。あの大人に対する、どうしようもない怒り。


 私が橘コーチを睨みつけたのと、あかねさんが彼の元へと歩み寄っていくのは、ほぼ同時だった。


 私が口を開くより早く、あかねさんの静かで、しかし氷のような声が体育館に響き渡った。


「…コーチとして三流ですね、あなたは」


 その、あまりにも直接的な侮辱の言葉。


 橘コーチの眉が、ぴくりと動く。


 しかし、あかねさんは止まらない。


 彼女の瞳の奥には、れいかへの行き場のない怒りが、この大人への軽蔑へと姿を変えて燃え盛っていた。


「一人の選手を贔屓し、そしてその選手が壊れるまで追い込む。…いくら元世界ランカーという一流の肩書きを持っていたとしても、やっていることは三流以下です」


「そんなコーチは、私たちにはいりません」


 その、あまりにもきっぱりとした拒絶の言葉。


 私もまた、彼の前に一歩進み出た。


 そして、あかねさんの言葉を引き継ぐように、静かに、しかし強く告げた。


「…橘コーチ。あなたは、しおりさんのことを校長先生から聞いているはずです」


「彼女は一年近く、病院のベッドの中で過ごしてきました。そして、ようやく退院できたばかり。その肉体は、まだ悲鳴を上げています」


「そして何よりも。彼女はアスリートとして、決して『負け』を認めない性分です。勝負を挑まれたら、たとえその四肢がちぎれようとも食らいついてくる。そういう勝負師なのです」


「そんな彼女のコンディションも考えずに本気の勝負を挑むことが、どれほど危険なことか。…あなたほどの指導者なら、分かるはずではありませんか?」


 私と、あかねさん。


 二人の女子からの、厳しい詰問。


 橘コーチは、初めてたじろいだように見えた。


 彼はしばらく黙り込んだ後、やがて深く、そして重いため息をつく。


 そして、彼は静かに私たちに問い返してきた。


 その声には、もうあの余裕の色はなかった。


 ただ、一人の指導者としての、誠実な響きだけがあった。


「…君たちの言うことは、全て正しい。俺のやり方は、間違っていたのかもしれない」


「だが、ならば問おう。君たちなら、どうする?」


「あの、静寂しおりという規格外の『怪物』を。君たちなら、どう指導する?」


「ガラス細工のように安全な場所に飾っておくのか?それとも、壊れることを覚悟の上で、その才能を限界まで引き出すのか?」


 その、問い。


 私とあかねさんは、言葉を失った。


 そうだ。


 これこそが、このチームが、そして私たちが、これからずっと向き合っていかなければならない、最も困難で、そして答えの出ない問いなのだ。


 その重い沈黙の中で。


 床に座り込んだままの、しおりさんのか細い、しかし凛とした声が響き渡った。


「…私が、決めます」


「私の体の使い方は。私の命の燃やし方は」


 体育館の全ての視線が、再び彼女へと注がれる。


「私が決めます」


 私たちの本当の「対話」は、まだ始まったばかりだった。

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