卒業式(2)
「――はーっ。お前は、本当に、全く……」
部長は、呆れたように、しかし、その瞳の奥には深い信頼の色を浮かべて、大きくため息をついた。
「まあ、お前がそう言うなら、何かとんでもない策でもあるんだろうな」
そうだ。この人は、いつだってそうだ。
私が決めた道を、最後はこうして、信じてくれる。
体育館から、未来さんたちの卒業を祝う、音楽が微かに聞こえてくる。
感傷に浸っている暇など、ない。
私は、ゆっくりと立ち上がった。
「…私、もう帰る」
「は? おい、未来たちに会わなくていいのかよ。今日で最後だぞ」
「必要ない」
私は、彼の当然の問いに、短く答えた。
「私たちの間に、今更さよならの言葉なんていらないから」
その言葉の真意を、彼が理解できたかは分からない。
彼は少しだけ寂しそうな顔をしたが、やがて「…そうか」とだけ呟くと、私の隣に立った。
「なら、送ってく」
彼が呼んでくれたタクシーに乗り込み、家の前に着くまでの、短い時間。私たちは、ほとんど言葉を交わさなかった。
それで、十分だった。
「…じゃあな、しおり。…無茶は、すんなよ」
「…部長も、元気で」
その短い別れの言葉。
それが、私たちの、中学時代の物語の、本当の終わりだった。
自室に戻った私は、ベッドに倒れ込むこともなく、まっすぐに机の前に座る。
そして、一枚の真っ白な紙に、ペンで最初の文字を書き込んだ。
【世界への道筋 - 五ヶ月計画】
私の頭脳が、高速で回転し始める。
全ての「問題」を分解し、「変数」を分析し、そして「最適解」を再構築していく。
▼第一段階:肉体の再構築(Phase 1 / 1-2ヶ月)
目標:基礎体力の完全回復。筋力、持久力を高校生アスリートの平均レベルまで引き上げる。
手段:理学療法士と作成した専用メニュー。及び部長の協力要請。
▼第二段階:技術の最適化(Phase 2 / 3-4ヶ月)
目標:「よりリスクをとった戦術」の完成。
手段:未来さん、部長、凛月さんを練習相手とし、新戦術の精度とパターンを増やす。
▼第三段階:最終調整(Phase 3 / 5ヶ月目)
目標:試合勘の完全な回復。
手段:可能な限りの実戦形式の練習。
私は、黙々とその無謀で緻密な計画を書き記していく。
私が選んだ、この孤高の道。
その後戻りできない道の先に、何が待っていようとも。
私は、進むだけだ。
あの日、仲間たちと共に見た、新しい朝の光を信じて。




