卒業式
三月の、柔らかな日差しが、校庭の桜の蕾を優しく撫でる。
未来さんたちの、卒業式の日。
体育館からは、厳かな式典の音楽と、校長先生の退屈な祝辞が、微かに聞こえてくる。
私は、その喧騒を遠くに聞きながら、一人、学校の屋上で冷たい風に当たっていた。
卒業式。
そういえば、私にとっては、これが初めて見る卒業式かもしれないな、とふと思った。
部長の卒業式は、あの白い部屋の中にいるうちに、終わってしまっていたから。
その、考えていた本人が、なぜかここにいた。
屋上のフェンスに寄りかかり、気まずそうに空を眺めている。
「…部長。どうして、ここにいるのですか」
私が声をかけると、彼はばつが悪そうに頭をかいた。
「よお。…いや、未来の卒業式だから、一応顔だけは出しに来たんだが…。なんだか、照れ臭くてな。あんな場所に、俺がいるのも場違いな気がして」
その、あまりにも彼らしい、不器用な言い訳。
私は、くすりと笑みを漏らした。
彼は、私のその笑みに少しだけむっとした顔をしたが、すぐに真剣な表情になり、私に向き直った。
「…しおり。お前、世界に行くって、本当か?」
あかねさんからでも、聞いたのだろうか。
私は、静かに頷いた。
その答えに、彼は呆れたように、そしてどこか痛ましそうに、深い溜息をついた。
「…分かっているのか?お前の今のその体で、世界なんて…。ハッキリ言って、負けに行くようなもんだぞ」
それは、あかねさんの心配とは質の違う、同じ頂を目指すアスリートからの、冷徹で、しかしどこまでも誠実な指摘だった。
正論だ。今の私では、県大会を勝ち抜くことさえ、難しいだろう。
しかし、私の心は凪いでいた。
「予選は、夏からです。まだ、5ヶ月あります」
「その間に、なんとかします」
その、あまりにも静かで、しかし揺るぎない、私の言葉。
「なんとかって……」
彼は、しばらく呆気に取られたような顔をしていたが、やがて、天を仰ぎ、そして心底、参ったというように言った。
「…はーっ。お前は、本当に、全く…。まあ、お前がそう言うなら、何か策があるんだろうな」
彼は、もう私を止めようとはしなかった。
ただ、その瞳には、深い信頼の色が浮かんでいる。
そうだ。この人は、いつだってそうだ。
私が決めた道を、最後は、信じてくれる。
私たちは、しばらくの間、何も言わずに、遠くに見える街の景色を眺めていた。
私の、無謀な挑戦が、そして、本当の「リハビリ」が、ここからまた、始まろうとしていた。
この、最高の好敵手に見守られながら。




