血塗られた教室
その日の放課後。
私はれいかの手を引き、第五中学の廊下を歩いていた。
目的の場所は三階の一番奥にある、今は使われていない空き教室。
しおりさんが、その命を失いかけた、あの場所だ。
私がコーチとしてこの学校に出入りできる立場を利用し、校長先生に「部で使う備品を置く倉庫として、あの教室を確認したい」と申し出ると、彼は驚くほどあっさりと許可をくれた。
その顔には何かを隠すような、不自然な汗が浮かんでいた。しおりさんが彼にかけたという「圧力」の効果は、絶大らしい。
教室のドアの前に立つ。
れいかの手は氷のように冷たく、そして小刻みに震えていた。
「…いやだ、お姉ちゃん…私、ここには…」
「行きなさい、れいか」
私は静かに、しかし有無を言わせぬ声で言った。
「あなたが犯した罪の重さを、本当の意味で理解するために。私たちはここへ来なければならなかった」
鍵を開け、中へ入る。
そこは、ただの埃っぽい、何もない空き教室だった。
しかし、私の目には違う光景が見えていた。
れいかが、震える指で指し示す。
「…ここで…。私が、しおりさんに、話があるって…」
「…窓際で…。カッターを…」
「そして、床の上で…。私が、馬乗りになって…。あの子の、首を…」
その途切れ途切れの告白を聞くうちに。
私の頭の中で、そのありふれた教室の風景が、あの日の地獄へと変わっていく。
私は、見た。
床に倒され、抵抗もせず、ただ虚ろな目で天井を見つめる、しおりさんの姿を。
その白いブラウスが、首筋から流れる鮮血でじわりと茜色に染まっていく、その様を。
そして、私の愛する妹が鬼のような形相で、その細い首に手をかけ、全体重を乗せて絞め上げていく、その光景を。
(…ああ…)
アスリートとしての私の魂が、絶叫する。
あの、神が与えた才能。あの誰よりも気高かった好敵手。その全てが、こんなにも醜く、一方的な暴力によって踏みにじられていたというのか。
姉としての私の心が、悲鳴を上げる。
私の可愛い妹。不器用で、そして少しだけ臆病だったあのれいかが。その心の中に、これほどまでの暗い憎悪と嫉嫉の炎を宿していたというのか。
私は、その場に崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。
隣では、れいかが床に蹲り、声を殺して泣いている。
そうだ。
私は今、ようやく本当の意味で理解したのだ。
私たちがこれから背負っていかなければならない、罪の本当の「重さ」を。
そして、私たちがこれから歩んでいかなければならない、贖罪の道の、その果てしない長さを。
私は、泣きじゃくる妹のその小さな肩を、ただ黙って抱きしめることしかできなかった。
窓から差し込む夕日は、あの日と同じように、どこまでも赤く、そして美しかった。
その美しさが、あまりにも残酷に感じられた。




