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異端の白球使い  作者: R.D
引き継がれる異端 それぞれの過去

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帰還

 昼の喧騒が嘘のように静まり返った、放課後の廊下。


 私は、未来さんとあかねさんに支えられるように、ゆっくりと歩いていた。


 目指す場所は、ただ一つ。


 体育館だ。


 その重い扉の前に、立つ。


 中から聞こえてくる、懐かしい打球音と掛け声。


 私の心臓が、大きく波打った。


 怖い。


 久しぶりに、足を踏み入れるこの場所。


 私が始まり、そして全てが終わった、この場所。


 私がここに戻ることを、みんなは受け入れてくれるだろうか。


 私のその躊躇いを見透かしたように、あかねさんが私の手を強く握りしめた。


「大丈夫だよ、しおりちゃん。みんな、待ってるから」


 その太陽のような温かさに背中を押され、私は静かに頷いた。


 未来さんが、ゆっくりと扉を開ける。


 その瞬間。


 体育館中の音が、ぴたりと止んだ。


 練習をしていた部員たちの視線が、一斉に私に注がれる。


 驚き。


 戸惑い。


 そして、信じられないといった色の混じった、視線。


 その静寂を破ったのは、部長である未来さんの、静かな、しかしどこまでも凛とした声だった。


「――おかえりなさい、しおりさん」


 その一言をきっかけに、部員たちが一斉に私の元へと駆け寄ってくる。


「しおり先輩…!」


「…本当に、戻ってきてくれたんですね…!」


 憧れの眼差しを向ける、一年生。


 その人の輪の中心で、私はただ戸惑いながらも、その温かい歓迎を受け止めていた。


 やがて、練習が再開される。


 私はコートの一番よく見えるベンチに腰を下ろし、その光景を眺めていた。


 そして、私の頭脳はまた、無意識のうちに働き始める。


(…あの子のバックハンドの角度。彼の肩の可動域を考慮すれば、もう少し打点を前にした方が効率的だ…)


(あちらの子はフットワークに迷いがある。原因は思考の遅延ではない。単純な一歩目の踏み込みの甘さ…)


 その思考の奔流。


 ああ、そうだ。


 私は、ここにいる。


 私の、帰るべき場所に。


 練習が一区切りついた、その時。


 私は、最も伸び悩んでいた一年生の一人を手招きした。


 彼は緊張した面持ちで、私の前に立つ。


 私は、静かに告げた。


「…あなたのドライブはとても綺麗。でも、ほんの少しだけボールを引きつけすぎている」


「もっと前で。ボールの頂点を捉えるイメージで、打ってみて」


「え…あ、はい!」


 彼は戸惑いながらも、私のアドバイス通りに素振りをする。


 そして次のラリーで、彼が放ったドライブはこれまでとは比べ物にならないほど鋭く、そして速い一閃となって相手コートに突き刺さった。


 体育館が、どよめきに包まれる。


 私はその光景を見ながら、そっと自分の手を見つめた。


 この、まだ自由に動かない手。


 この、不完全な体。


 でも、私の「武器」は、失われてはいなかった。


 それは形を変えて、今も確かに私の中に生き続けている。


(…ただいま)


 私は、心の中で呟いた。


(私の、戦場へ)


 その静かな帰還を、体育館の壁にかかる、あの優勝記念の横断幕だけが、静かに見守っているようだった。

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