心の支え
未来さんの、その静かで、しかし壮絶な夏のプロローグが終わる頃には。
病室の窓の外は、もうすっかり夕暮れの茜色に染まっていた。
長い沈黙。
私は、彼女が語ってくれた、そのあまりにも重い現実を頭の中で反芻していた。
やがて、私は一言だけ呟いた。
「…そうだったんだね」
未来さんは全てを話し終え、どこか吹っ切れたような穏やかな顔をしていた。
彼女は静かに立ち上がり、そして私に深く一礼した。
「…聞いてくれて、ありがとうございました、しおりさん。少し楽になりました」
「いえ…」
彼女が部屋を出ていった後も、私はしばらく動けなかった。
一人になった病室。
私は、静かに思考を巡らせる。
(…未来さんの、孤軍奮闘)
(そして、私が彼女の支えになっていた…?)
その事実に、私は驚きを禁じ得なかった。
あの冷徹で、感情をノイズとして切り捨てていた私が?
誰かの支えになれていたなんて。
(…考えてみれば、妙な話だ)
私の分析能力が、働き始める。
部長も、未来さんも。
私がいないくなった後、どこかおかしくなっていた。
猛部長は自らを罰するように体を痛めつけ、
未来さんは心を殺し、ただ義務のためだけに戦っていた。
(…なぜ?)
私の思考ルーチンは、その答えを弾き出せないでいた。
私一人がいなくなったところで、あの強固だったはずのみんなの関係性が、ここまでこじれるはずがない。
そこには、論理的な飛躍がある。
そうだ。
私は、まだ理解できていないのだ。
私が思っている以上に、私がこの世界の中で大きな存在であった、という可能性を。
(私が、支えになるなんて)
(私のような欠陥品が、誰かの心の中心にいるなんて)
その、あまりにも都合のいい物語を、私の自己肯定感の低さが信じることを拒絶していた。
私には、まだ分からなかった。
私が仲間たちにとって、どれほどかけがえのない「光」であったのか。
そして、その光を失った彼らが、どれほどの「闇」を生きてきたのか。
その答えの出ない問いだけが、私の心の中に重くのしかかってくる。
私の本当の「リハビリ」は、肉体の回復だけではない。
この、歪んでしまった自己認識を修復すること。
それこそが、私が向き合わなければならない、最も困難な課題なのかもしれない。
私は、静かに窓の外の一番星を見つめていた。
その星は、とても小さく、そして頼りなく輝いていた。




