異質のカットマン(2)
スコアは6-6。本当の勝負は、ここから。
サーブ権は私。
私はボールを手に取り、そして深く息を吸い込む。
(…語り合いましょう、田村さん)
私が放ったのは、小細工のない美しい下回転のロングサーブ。
しかし、追い詰められた彼女は、もはや私の誘いには乗ってこなかった。
彼女はそのサーブに対し、台に飛びつくように踏み込み、そして手首をしなやかに使った鋭いチキータで奇襲を仕掛けてきたのだ!
その攻撃的な一球。
だが、私の心は凪いでいた。
私はそのボールの軌道を完璧に読み切り、そしていなすようにカットで静かに返球する。
そこからは、まさに死闘だった。
烈火の如く攻め立てる、田村さん。
その猛攻を、私はただひたすらに受け止め、そして切り返す。
その一進一退の攻防の中で。
私の意識は、深く、深く自分の内側へと潜っていった。
心の中にいる、彼女に問いかけるように。
(…これで、いいのでしょうか。私の、この戦い方は)
彼女は、何も言わない。
ただ、私の心象風景の中で静かにこちらを向き、ふわりと微笑んだ気がした。
その笑顔は、「それで、いい」と言っているようだった。
そして、彼女は私に背を向け、光の中へとゆっくりと歩いていく。
もう、私の手を引くのではない。
私が自分の足で歩いていくのを、信じて。
その光景を見て、私の中の最後の迷いが消えた。
私のカットは、その質を変えた。
もはや、ただの守備ではない。
それは、相手の喉元へと突きつけられる、鋭い刃。
裏ソフトラバーが生み出す重い回転と速い球速を活かした、攻撃的な守備。
私のラケットから放たれるボールは、もはやただの「カット」ではなかった。
それは、相手の自信を切り裂く、無数の「斬撃」。
田村さんの表情が、驚愕へと変わっていく。
彼女は、もはや私のボールに対応できない。
そのあまりにも異質な守備の前に、彼女の最強の「矛」は、完全にその力を失っていた。
幽基 8 - 7 田村
幽基 9 - 8 田村
幽基 10 - 8 田村
マッチポイント。
最後の一球も、同じだった。
彼女の悲痛なドライブを、私が斬撃のようなカットで切り裂き、そしてボールはネットインとなって、無情に相手コートに落ちる。
幽基 11 - 9 田村
試合が終わる。
私は、勝った。
優勝したのだ。
それは、一年前に月影女学院で手にした優勝とは、全く違う達成感だった。
私はラケットを置き、そしてネットの向こう側で崩れ落ちる彼女に、深く一礼した。
ベンチに戻る。
そこには、佐藤先生や後輩たちの称賛の声はなかった。
あちらはあちらで団体戦の戦いをしているのだろう。
私は、今年初めて、心の底から笑みを浮かべた。
(…見ていてくださいましたか、しおりさん)
(あなたの帰る場所は、私が守りました)
(そして、私は、私の道を見つけました)
その声にならない声だけが、私の心の中に誇らしく響いていた。
一人の、誇り高き選手の、戴冠と共に。




