対話のはじまり
その静かな決意を胸に、私はコートへと戻っていく。
その背中は、もう孤独なものではなかった。
自らの道を見つけ出した、一人の誇り高き、孤高の背中だった。
インターバルが明ける。
ネットの向こう側で、田村さんが私を睨みつけている。
その瞳には、もう焦りの色はない。
後がない、追い詰められた獣のような、純粋な闘志だけが燃え盛っていた。
第三セットの幕が上がる。
サーブ権は、私から。
私はボールを手に取り、そして深く息を吸い込んだ。
(…さあ、語り合いましょう、田村さん)
(あなたのその、まっすぐな卓球と。私のこの、不器用な卓球で)
私が放ったのは、小細工のない、美しい下回転のロングサーブ。
私の覚悟を、そして相手の覚悟を問う一球。
彼女は、その挑発に乗ってきた。
咆哮と共に放たれる、渾身のドライブ。
私は台から下がり、そしてカットで応戦する。
ここから始まったのは、第二セットの一方的な蹂躙ではなかった。
それは、あまりにもギリギリの、魂の応酬だった。
彼女が、その圧倒的な「矛」で私のコートを何度も打ち抜こうとする。
私は、その猛攻を鉄壁の「盾」で受け止め、いなし続ける。
彼女のボールが、怒りの「声」だとしたら。
私の返球は、静かな「問いかけ」。
一点を取れば、一点を取り返される。
一進一退の攻防。
どちらも、一歩も引かない。
幽基 2 - 3 田村
彼女のドライブが、私のコートのエッジを掠める。
幽基 4 - 4 田村
私のカットが、彼女の予測をわずかに上回り、ネットミスを誘う。
体育館の喧騒が遠のいていく。
私の世界には、ただボールと彼女と、そしてラケットを通して伝わってくる魂の振動だけが存在していた。
苦しい。
でも、楽しい。
ああ、そうだ。これこそが、私がしたかった卓球だ。
そして、スコアは6-6。
試合は、完全に振り出しに戻った。
私たちは互いに息を弾ませながら、ネットを挟んで睨み合う。
本当の勝負は、ここから。
この長い、長い対話の結末を見届けるのは、一体どちらになるのだろうか。
私の心は、不思議なほど穏やかで、そして静かな興奮に満ち溢れていた。




