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異端の白球使い  作者: R.D
引き継がれる異端 それぞれの過去

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異質のカットマン

 インターバル。


 私はベンチに一人、腰を下ろしていた。


 佐藤先生も、他の部員たちも、今は団体戦の方につきっきりだ。


 体育館の喧騒が嘘のように、私の周りだけが静かだった。


 タオルで汗を拭い、ボトルに口をつける。


 喉を潤すその行為さえもが、どこか機械的に感じられた。


 私は、先ほどの第二セットの光景を頭の中で反芻する。


 完璧だった。


 私の戦術は、完全に機能した。


 相手の思考を読み、その裏をかき、そして喉元に食らいつく。


 勝利への最短ルート。最も合理的な「解」。


(…このまま、第三セットも前陣速攻で畳み掛ける)


(それが、最も確率の高い選択)


 私の頭脳が、冷徹にそう結論付ける。


 部長として勝つこと。それが今の私の全てだ。


 しおりさんが帰ってくる、あの場所を守るために。


 感情など、挟む余地はない。


 なのに。


 なぜだろう。


 私の心の奥底が、その正しいはずの結論を、拒絶している。


(…これが、本当に私の卓球なのだろうか)


 脳裏に蘇るのは、私が初めてカットマンという戦い方を選んだ、あの日の記憶。


 ラリーを長く続けたい。


 相手との「対話」を、一秒でも長く楽しみたい。


 その純粋な想いだけが、私の原点だったはずだ。


 しかし、今の私はどうだ。


 相手の苦手な所に潜り込み、対話を一方的に打ち切る。


 その行為に、喜びはない。


 ただ、ミッションを遂行したという、空虚な安堵感があるだけ。


 気高いスポーツマンシップ。


 月影女学院の勝利至上主義を嫌い、失ったスポーツマンシップを取り戻すために、この場所へとやってきた、あの頃の私。


 今の私は、あの頃の私が最も軽蔑した人間と、同じではないのか。


 私は右手に握られたラケットを、じっと見つめた。


 しおりさんから託された、その魂の欠片。


(…彼女なら、どうするだろうか)


(彼女なら、絶望の中で、それでも最後は卓球を「楽しむ」ことを選ぶだろうか)


(私と戦った、あの時のように)


(…私は、何をしているんだ)


 勝つこと。それは重要だ。


 でも、その勝利のために自分自身の魂を売り渡していいのか。


 それは、ただの逃げではないのか。


 自らの信念と向き合うことから、逃げているだけではないのか。


 インターバル終了を告げるブザーが鳴り響く。


 私は、ゆっくりと立ち上がった。


 心の中の霧は、完全に晴れていた。


 私の瞳に宿っていたのは、もう迷いの色ではない。


 そうだ。


 私は、勝つ。


 しかし、彼女しおりの模倣としてではない。


 ただの勝利至上主義者としてでもない。


「異質のカットマン」幽基未来として。


 私の信じる卓球で。私の信じる美学で。


 この最後の戦いに、挑むのだ。


 その静かな決意を胸に、私はコートへと戻っていく。


 その背中は、もう孤独なものではなかった。


 自らの道を見つけ出した、一人の誇り高き、孤高の背中だった。

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