舞い戻る謎のカットマン(3)
その背中にどんな想いが込められているのか、誰にも気づかれることなく、ただ静かに。
二回戦。
三回戦。
そして、四回戦。
私は、ただただ勝ち続けた。
対戦相手が誰であろうと、関係ない。
会場の空気がどうであろうと、関係ない。
私の心は、完全に凪いでいた。
喜びも、恐怖もない。
ただ、一つの目的だけが、私の全てを支配していた。
「勝つ」
しおりさんが帰ってくる、あの場所を守るために。
その目的の前では、他の全ては無意味な「ノイズ」だった。
試合の合間も、私は誰とも口を利かなかった。
ベンチに一人座り、目を閉じ、そして右手に握られたラケットの感触だけを確かめる。
しおりさんから託された、このラケット。
そのグリップに残る、かすかな温もり。
それだけが、この灰色の世界の中で私を支える、唯一の支柱だった。
私の戦い方は、常に同じだった。
まず、相手の攻撃をひたすらにカットで拾い続ける。
そして、相手が焦り、ほんの僅かな「隙」を見せた、その瞬間。
守備から攻撃へと反転し、必殺のカウンタードライブで決めきる。
その攻撃的守備の戦い方に、会場からはいつしか、賞賛ではなく畏怖と少しの興味の視線が注がれるようになっていた。
決勝戦へと駒を進めた時。
私は一人、静かにコートへと向かっていた。
その時、ふと思ったのだ。
(…ああ、そうか。私も、あなたと同じだ)
かつての、しおりさん。
彼女もまた、こうやってたった一人で戦っていた。
勝利という一つの目的のためだけに心を殺し、そして孤独の中で、その牙を磨き続けていた。
私たちが彼女のその本当の孤独に気づいてあげられなかったように。
今の私のこの孤独も、誰も理解してはくれないのだろう。
それで、いい。
私は、そう思った。
あなたと同じ道を歩けるのなら。
あなたと同じ痛みを共有できるのなら。
それもまた、悪くはない。
アナウンスが響き渡る。
決勝戦の始まりを告げる声。
私は、顔を上げた。
その瞳には、もう孤独の色はなかった。
ただ、これから始まる最後の戦いへの、静かで揺るぎない覚悟だけが宿っていた。
しおりさんと同じ想いを胸に。




