舞い戻る謎のカットマン(2)
試合終了の礼を終え、私はベンチへと戻った。
佐藤先生が、「見事だったぞ」と私の肩を叩いてくれる。
後輩たちも、どこかぎこちなく、しかし確かに称賛の拍手を送ってくれていた。
私はそれに小さく頷きを返し、そして少しだけ離れた壁際のベンチに、一人腰を下ろした。
(…終わった…)
試合が終わった後の、安堵感。
全身の筋肉が緊張から解放され、心地よい疲労感に包まれる。
しかし、私の心の中に喜びや高揚感はなかった。
(…ラリーを楽しむ余裕など、ない)
そうだ。今の私にとって、試合は対話ではない。
それは、ただ勝利という結果だけを求める、冷たく焦燥感に溢れた、まるで命のやり取りだ。
部長として、この部の存続という最低限の責任を果たすため。
しおりさんの、帰るべき場所を守るための。
私は汗を拭いながら、体育館の喧騒を眺めていた。
他の学校の生徒たちが、仲間たちとじゃれ合い、笑い合っている。
敗北に涙する選手を、チームメイトが慰めている。
その光景が、まるで違う世界の出来事のように見えた。
私の周りには、誰もいない。
部長さんのような、熱いリーダーはいない。
あかねさんのような、太陽はいない。
葵さんのように、私の手を握ってくれる温もりもない。
そして、しおりさんのように、私の思考を見抜き、静かに頷いてくれる半身もいない。
(…ああ、そうか)
この感覚。
私は、この孤独感を知っている。
まるで、あの月影女学院にいた頃に戻ってしまったみたいだ。
周りには常に人がいる。
私の実力を称賛する声もある。
しかし、私の心は常に一人だった。
誰も、私の本当の中には入ってこない。
私も、誰の中にも入ろうとはしなかった。
私は自嘲するように、ふっと息を漏らした。
(…結局、私には一人がお似合いなのかもしれないな)
その思考に沈みかけた私の耳に、無機質なアナウンスが響き渡った。
『――第二回戦、第五中学、幽基未来選手、Aコートへお集まりください』
私は、ゆっくりと立ち上がった。
感傷に浸っている暇はない。
私の戦いは、まだ終わっていないのだから。
私はタオルを首にかけ、しおりさんから託されたラケットを強く握りしめた。
そして、たった一人、次の戦場へと歩き出す。
その背中にどんな想いが込められているのか、誰にも気づかれることなく、ただ静かに。




