教育者として
校長が逃げるように部屋を出ていった後。
病室には、私と、そして呆然と立ち尽くす佐藤先生だけが残された。
彼は信じられないといった顔で、私を見ている。
私はそんな彼に、悪戯っぽく笑いかけてみせた。
「…言ったでしょう、先生。もっと確率の高いゲームがある、と」
その私の言葉に、先生は何も答えなかった。
彼は挨拶をすると、少しふらつく足取りで、私の病室を後にしていく。
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一人車に戻った俺は、エンジンをかけることも忘れ、ただハンドルの上でうなだれていた。
(…なんだ、あれは…)
俺の頭の中は、先ほどの光景でいっぱいだった。
あの車椅子の少女の、あまりにも冷徹な瞳。
そして、巨大な権力者である校長を、たった数分の言葉だけで完全に屈服させた、その恐ろしい交渉術。
あれは、正義ではない。
しかし、悪でもない。
あれは、俺が全く知らない、新しい戦い方だった。
俺の思考は、あの夜へと遡る。
そう、自らの全てを懸けて戦うことを決意した、あの日に。
そうだ。
俺はあの日、確かに覚悟を決めたのだ。
自らを犠牲にしてでも正義を貫くと。
しおりに恥ずかしくない大人であろうと。
しかし。
今日、俺が目の当たりにした光景は、何だったのか。
彼女は、犠牲など望んでいなかった。
彼女は、正義のために誰かが傷つくことなど望んでいなかった。
彼女が望んだのは、もっとしたたかで、そして確実な「勝利」だ。
彼女は敵の醜さを利用し、敵の武器で敵を打ち負かした。
その手は汚れているかもしれない。
しかし、その結果、彼女は誰一人傷つけることなく、仲間たちの未来を守り抜いたのだ。
俺が、やろうとしていたことは何だったのか。
それは、ただの自己満足ではなかったか。
自らが悲劇のヒーローになることで、自分の罪悪感を清算しようとしていただけではないのか。
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、もう迷いはなかった。
自分が本当にすべきことが、ようやく分かったのだ。
この戦いの司令官は、俺ではない。
あの車椅子の少女だ。
そして、俺の役割は、彼女のそのあまりにも危険で、そして気高い戦いを、一番近くで支える一人の「兵士」になること。
本当の「戦い」は、ここから始まる。
もはや、孤独な英雄としてではない。
あの恐ろしく、そして誰よりも信頼できる、小さな「魔女」の、最強の駒として。




