欠陥品の修理 (3)
その地獄のリハビリが始まってから、数ヶ月。
私の体は、ゆっくりと、しかし確実に、かつての機能を取り戻しつつあった。
まだ長時間の歩行や激しい運動はできない。
しかし、卓球台の前に立ち、短いラリーを続けるくらいの体力は戻ってきていた。
その日も、私たちはリハビリ室にいた。
私が壁相手に単調なフォアハンドの練習をしていると、隣で猛先輩が汗だくで筋力トレーニングに励んでいるのが見えた。
その背中は、一年前よりもさらに大きく、そして強靭になっている。
私は、ふと一つのアイデアを思いついた。
私がこの数ヶ月、頭の中だけでずっとシミュレーションしてきた、新しい戦術。
それを試すのに、彼以上の相手はいない。
私は練習をやめ、そして彼に声をかけた。
「…部長」
「ん?どうした、しおり」
「少しよろしいですか。私の新しい実験台になってはもらえませんか?」
その、私の挑戦的な言葉に、彼はニヤリと笑った。
「…面白い。いいぜ、乗ってやるよ。お前が何を企んでるのか、見せてもらおうじゃねえか」
私たちは卓球台を挟んで向き合った。
最初は、ごく普通のラリーが続く。
パァン、パァン、と心地よい打球音が部屋に響く。
私は時折ラケットを半回転させ、アンチラバーで彼の強打をいなす。
彼はもう、その動きには慣れたものだ。的確にナックルボールを処理してくる。
ラリーが数本続いた、その時だった。
私は、仕掛けた。
彼が放ったドライブに対し、私はラケットをひらりと一回転させたのだ。
蝶が舞うような、その華麗で、しかし大きなモーション。
彼の目は、完全にその動きに釘付けになっている。
(…来た!)
彼の思考が、手に取るように分かる。
(回転させた!つまり、次はアンチだ!)
彼はナックルボールを打ち抜くために、完璧な体勢を取った。
しかし、私のラケットから放たれたのは、彼の予測とは真逆の、強烈な上回転のかかったドライブだった。
ボールは彼のラケットを弾き飛ばし、そして天井へと高く舞い上がる。
「――なんじゃそりゃあ!?」
部長の素っ頓狂な声が、体育館に響き渡る。
私は疲労でその場に座り込みそうになるのをこらえ、車椅子へと腰を下ろした。
そして、静かに呟いた。
「…やはり、有効ですね」
「有効、じゃねえよ!今のはなんだ!?手品か!?」
彼がネットの向こう側から駆け寄ってくる。
私はそんな彼に、静かに、そして少しだけ楽しそうに種明かしを始めた。
「簡単なことです、部長」
「あなたの脳は、『ラケットの回転=ラバーの切り替え』と学習してしまっている。私は、そのあなたの思考の癖を利用しただけです」
「半回転ではなく一回転させれば、ラバーは元のまま。しかし、あなたの脳はその可能性を一瞬排除してしまう。そのコンマ数秒の思考のバグが、あなたの体を硬直させたのです」
その、あまりにも冷徹な解説。
部長は、呆気に取られたまま何も言えないでいた。
そして、やがて彼は天を仰ぎ、そして心底楽しそうに笑った。
「…はははっ!お前は、やっぱり最高の『魔女』だな!」
その彼の言葉に、私の口元も自然と綻ぶ。
そうだ。
私の戦いは、まだ終わっていない。
この新しい武器と、そしてこの最高の仲間たちと共に。




