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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 二回戦

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期待という名の変数

 トーナメント表の前には、既に何人かの選手やコーチらしき人物が集まり、熱心に組み合わせを確認していた。


 部長は、その人垣を「おーし、ちょっと通るぜ!」といつもの調子で分け入り、自分の名前を探し始めた。



「あったあった!部長猛、と…よし、次も勝つぞ!」


 彼は自分の名前を見つけると、力強く拳を握る。そして、そのトーナメントの線を指で辿り、二回戦の相手の名前を確認した。


「ん?次の相手は後藤 護…城南中の…確か、キャプテンだったな、あいつ。去年も結構いいとこまで行ってたはずだ。正統派のドライブマンだったか…。」


 部長が、少し真剣な表情で記憶を探るように呟く。


 後藤護、城南中学、キャプテン。データ不足。ただし、部長の反応から推測するに、鬼塚選手とは異なり、一定以上の実力と経験を持つ相手である可能性が高い。


 興味深い対戦データが得られそうだ。


 私は、部長の言葉から得られる僅かな情報を元に、新たな分析を開始する。


「城南中のキャプテンですか…!強そうですね…でも、部長先輩ならきっと大丈夫です!」


 あかねさんが、拳を握りしめて部長を応援する。


 その純粋な信頼は、見ていて微笑ましいとまでは思わないが、合理的ではない、しかし無視できないプラスの変数として機能するのかもしれない。


「おう!当たりめえよ!どんな相手だろうが、今の俺に死角はねえ!」


 部長は、自信満々に胸を張る。その姿は、先ほどの試合で精神的な揺らぎを見せた人物と同一とは思えないほどの切り替えの早さだ。


 それもまた、彼の強さの一端なのだろう。


 私は、部長の次の対戦相手の名前を記憶に留めながら、ふと、トーナメント表のさらに先のブロックに目をやった。


 もし部長が勝ち進めば、準々決勝、準決勝で当たる可能性のある選手たち。


 その中には、いくつかの強豪校の名前と、要注意選手としてマークすべき名前が散見された。


 …このトーナメントを勝ち上がるには、各々が持つ技術的特異性だけでなく、精神的安定性。


 そして何よりも、試合の流れを読み、相手の予測を裏切り続ける適応能力が不可欠となる。部長は、その「熱」を制御できれば、高いポテンシャルを発揮する。


 私は…私の「異端」は、どこまで通用するのか。


 そこまで思考した時、不意に、部長が私の顔を覗き込んできた。


「どうした、しおり。難しい顔しやがって。まさか、俺の心配でもしてくれてんのか?」


 その声には、からかいと、そしてどこか温かい響きが混じっていた。彼が私を「しおり」と呼ぶことに、私自身、もう違和感を覚えていない。


 それは、データ上の関係性の変化として、既に処理済みだ。


「…いえ。対戦相手の戦力分析と、今後の勝敗確率のシミュレーションを行っていただけです。」


 私は、表情を変えずに答える。


「ただ…部長。あなたの次の対戦相手、城南中のキャプテンは、おそらく鬼塚選手のように単純な選手では乗りません。より高度な戦術的駆け引きが要求されるでしょう。あなたの『引き出し』の多さが、試されるかもしれませんね。」


 私のその言葉に、部長は一瞬きょとんとした後、再びニカッと笑った。


「はっ!お前、やっぱり面白いこと言うな!俺の引き出し、だと?上等じゃねえか!全部開けて、相手に見舞ってやるぜ!」


 彼は私の分析的な言葉を、彼なりのやり方で闘志へと転換している。


 そのやり取りを見ていたあかねさんが、ふふ、と小さく笑った。

「しおりさんと部長先輩、なんだか本当に良いコンビですね!次の試合も、応援頑張ります!」


 良いコンビ、という評価が適切かどうかは判断できない。だが、少なくとも、この二人とのやり取りは、私の「静寂な世界」に、予測不能な、しかし決して不快ではない種類の刺激を与え続けている。


 それは、私の卓球に、そして私自身に、どのような変化をもたらすのだろうか。


「――赤木!静寂!三島も、こんなところにいたか!」


 私たちがトーナメント表の前で次の戦術について思考を巡らせていると、不意に背後から聞き慣れた声がかかった。


 振り返ると、そこには少し息を切らせた様子の顧問の先生が、柔和な、しかしどこか安堵したような表情で立っていた。


「先生!お疲れ様です!面談、長引いたんですか?あと赤木は前の名字です!」


 部長が、いつもの快活な声で挨拶する。


「ああ、そうだったな。すまない、買収されていた審判がいて、その始末で長引いてしまったんだ、君たちの初戦も、静寂の二回戦も見逃してしまった。だが、二人とも無事に勝ち残っていると聞いて、ひとまず安心しているよ」


 顧問の先生は、そう言って私たち一人ひとりの顔を順番に見て、穏やかに頷いた。


 その視線には、遅れてきたことへの申し訳なさと、私たちの勝利への確かな喜びが滲んでいる。


「しおりちゃんも部長先輩も、すごく強かったんですよ、先生!特にしおりさんの新しいドライブ、すごくて!」


 あかねさんが、興奮気味に先生に報告する。


 彼女の言葉には、私と部長への純粋な称賛が込められていた。


「ほう、静寂の新しいドライブか。それは興味深いな」


 先生は、私に視線を向け、その目に好奇の色を浮かべた。


 先生は、私の「異端」なスタイルを最初から否定せず、むしろ興味深く見守ってくれている数少ない指導者だ。


「部長も、相手の挑発に乗らず、よく立て直したと聞いている。次の相手は城南中のキャプテンか。不足はない相手だな。」


「はい!しおりのアドバイスもあって、なんとか頭冷やして勝てました!次も気合入れていきますよ!」


 部長は、胸を張って答える。その言葉には、私への信頼が自然と含まれている。


 顧問の先生の合流。


 チームの精神的支柱の登場は、全体の士気にプラスの影響を与える。


 彼の安堵の表情は、私たちへの期待値の高さを示唆している。


 あかねさんの報告内容は感情バイアスが強いが、私が新たな攻撃パターンを実戦投入し、それが有効であったという事実は正確に伝達された。


 部長の自己評価も、概ね客観的データと一致する。


 私は、先生の言葉に対し、小さく頷いた。


「…対戦相手の戦術分析に基づき、いくつかの試作段階の技術を実戦投入しました。一定の効果は確認できましたが、まだ最適化の余地は多く残されています」


 私の淡々とした報告に、先生は少しだけ目を細め、そして楽しそうに笑った。


「そ、そうか。静寂の探求心にはいつも感心させられるよ。部長も、静寂も、次の試合も自分たちの卓球をしっかり貫けば、結果はついてくるはずだ。期待しているぞ」


 先生のその言葉は、重圧ではなく、温かい信頼として私たちに伝わってきた。


 私の「静寂な世界」に、また一つ、新たな、そして決して不快ではない感情のデータが加わった。


 それは、「期待」という名の、心地よい響きを持った変数なのかもしれない。

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