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異端の白球使い  作者: R.D
引き継がれる異端 それぞれの過去

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夜明け

 最後の鐘の音が冬の夜空に響き渡り、そして静かに消えていった。


 新しい年が、始まる。


 その荘厳な静寂を最初に破ったのは、やはり、あかねさんの声だった。


「…あけまして、おめでとう!みんな!」


 その、少しだけ涙声で、しかし精一杯明るい声。


 それをきっかけに、私たちは顔を見合わせ、そしてぎこちなく笑みを浮かべた。


「「「おめでとう」」」


「おめでとう、ございます」


 小さな、小さな祝福の言葉が交わされる。


 それから、私たちはしばらく他愛のない話をした。


「うわ、急に冷え込んできたね!甘酒でも買ってこようか?」


「…そうですね。気温は現在、マイナス2度。日の出まであと数時間。体温の低下には注意すべきです」


「はは…。未来は相変わらずだな」


 あかねさんが場を盛り上げようと、必死に明るい話題を振る。


 未来さんが冷静な分析で、それに合いの手を入れる。


 部長が、照れくさそうに笑う。


 そしてあおは、何も言わずに、ただ私の手を強く握りしめている。


 ぎこちない会話。


 誰もがまだ、互いの距離感を測りかねている。


 この一年でできてしまった溝を、どう埋めればいいのか分からずにいるのだ。


 しかし、不思議とそのぎこちなさが、私にはたまらなく愛おしかった。


 私たちは今、必死に思い出そうとしているのだ。


 どうやって、互いに笑い合っていたのか。


 どうやって、他愛のない会話を楽しんでいたのか。


 その失われた「日常」を、手探りで、もう一度作り直そうとしている。


 それこそが、「リハビリ」の本当の意味なのかもしれない。


 私たちは、それから長い時間、ただ黙って夜景を眺めていた。


 寒さに、身を寄せ合いながら。


 部長が自分のコートを脱いで、私と葵の肩にかけてくれた。


 あかねさんがどこからか、温かいココアを買ってきた。


 未来さんがスマートフォンのアプリで、初日の出の正確な方角と時間を調べている。


 言葉は、ない。


 しかし、その沈黙は温かかった。


 私たちは、ただ同じ時間を共有していた。


 同じ寒さを感じ、同じ夜景を見て、そして、同じ光を待っていた。


 やがて。


 東の空の一番低い場所が、ほんのわずかに白み始めた。


 闇が少しずつその色を薄め、深い藍色へと変わっていく。


「…来た」


 誰かが、呟いた。


 藍色の地平線が、今度は燃えるようなオレンジ色に染まっていく。


 その光が、私たちの顔を照らし出す。


 私は、隣にいる仲間たちの顔を見た。


 その瞳には、もう昨日の悲しみも後悔もなかった。


 ただ、ひたすらにまっすぐに、その新しい光を見つめている。


 そして、ついにその瞬間が訪れた。


 山の稜線から、眩いばかりの太陽が、その姿を現したのだ。


 世界が、光に満たされる。


 古い年の闇が、完全に洗い流されていく。


(…ああ、そうか)


 私の太陽は、沈んでなどいなかった。


 私の太陽は、今、私の目の前に、そして私の隣に、こんなにもたくさん輝いている。


 私の頬を、涙が一筋伝っていく。


 それは、私がこれから始まる新しい一年への、決意の涙だった。


 私たちの、本当の「夜明け」が、今、確かに始まったのだ。

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